『あそこのパフェ、美味しいらしいんだよね』


 と無責任に言われたのは先週の日曜か。どういう訳か、私は今週の日曜に車を出してそのパフェが美味しいらしい店に向かっている。

「まさ子ちんて結構運転丁寧だよね」

元ヤンなのに、と失礼極まりないことを言う大男を、どういう訳か、助手席に乗せて。


エゴイスティックサンデー



 事の起こりは先週末の県総体まで遡る。
 地方の総体なんて、保護者とOBが集まるくらいで、そんなにそんなにお祭り騒ぎのようにはなったりはしないものだが、何故か準決勝と決勝のその日は、会場がずいぶん盛り上がっていた。未だに顧問を担当している陽泉高校は、その日まで順調に勝ち上がっていた。その日も準決勝、決勝ときっちり勝ってくれた選手たちによって、今年も優勝がもたらされ、祝勝ムードのロッカールームで、私はやっとのことでその会場の盛り上がりの原因を知ることになる。

「監督、見ました!?アリーナ!」

 選手の一人が祝勝ムードそのままのテンションで声をかけてきたのだが、アリーナには、いつも通り部の横断幕を掲げて、そういえば今年は応援団が少し人員を割いてくれていたかな、というくらいのことしか分からなくて、ぽかんと首を傾げる。

「なんだ?何かあったのか?」
「来てたんですよ!キセキの世代!」
「うちのOBで、全日本の―――」




「まさ子ちんー優勝おめでとー」




 私に報告する部員たちの声に重なるように、ガチャッとロッカールームの扉が開いて、間抜けな声が聞こえた。




『おめでとうは私ではなく部員一同に言うものだ!お前は相変わらず礼儀というものがなっていない!』
『ごめんってば!頭おさえないで!』
『いいからうちの部員にちゃんと挨拶しろ!』
『監督、監督!辛そうです、紫原さんの頭に手を伸ばす監督が一番辛そうです!』
『うるさいぞ!』




 間抜けな会話は数分続いて、私は、5年前に陽泉高校を卒業した紫原敦に、ほとんど無理やり挨拶させ、ほとんど無理やりロッカールームから引きずり出した。

「何しに来た。リーグは?」

 大学卒業後、プロチームに所属して、そのかたわらで全日本代表にも選ばれている紫原は多忙を極めるだろう。

「今日オフなの。昨日秋田でやって、今日はオフだから応援」
「だからいつにも増してざわついていたのか…」
「え?なに?」
「いや…こちらの話だ」

 紫原の顔を見たら、一昨日から続いている県総体での疲れがどっと出てきて、私はロッカールームから一つ角を曲がったところの壁にもたれかかった。

「お疲れ様」
「はいはい」

 御座なりに言ってやってから、ちょっと目を閉じると、私のもたれかかる壁の隣の自販機のボタンをピッと押す音がして、それからガコンと重たい音がした。

「はい、どうぞ」

 差し出されたのはスポーツドリンクで、そういえば部員たちに何だかんだと指示を出しているうちに、私自身は水分補給を怠っていたことに気が付いて、私はそれをありがたく受け取ることにした。

「悪いな」
「いやー?どうせ、俺たちがいたころとおんなじで、水も飲まずに奔走してたんだろうなあと思って」

 そう言われたら久しぶりに会ったというのに‘いつも通り’の彼を相手にするのはばつが悪くて、私は彼を視界から外すようにそのスポーツドリンクを呷った。

「俺、来週もこっち来んだよね」
「また試合か?立て込んでるな」

 リーグのついでといえども、わざわざ応援に来てくれたことは大変嬉しいが、そんなふうに立て込んでいるのなら、もっとちゃんと休息を入れるのがプロとしての役割だろう、という、指導者然とした姿勢を暗に滲ませて言ったら、きょとんとした顔をされた。

「違うよ?来週はオフなんだけどね、先輩たちに呼ばれてんの」

 まだ秋田にいる彼の先輩、といえば岡村と福井あたりで、私はふと首を傾げてから、思い至ることがあったから、ちょっと笑ってしまう。

「氷室か」
「そーいうこと」

 肯定されると、今日の優勝に加えた嬉しさがあって、私はくつくつと笑ってしまう。

「早いもんだ…っと、そろそろ表彰式だな。じゃあ、またその時な」

 言い置いてロッカールームに戻ろうとしたら、紫原がふと立ちふさがって言った。


「あそこのパフェ、美味しいらしいんだよね」


 何のことか訊き返す前に、彼はさっと身を翻して、私の前から歩き去った。

「妙な奴だな」

 私は、懐かしさやら驚きやら、嬉しさやらで彼の背中にそう呟いたが、その言葉を、今度は大声で、もう一度、駐車場にて叫び出すことになろうとは、露とも思わなかった。




 駐車場に止めてあった私の四駆のワイパーに挟まれた紙には、最近できたと女子生徒が騒いでいた有名パティシエ経営のカフェの名前と地図、それから来週の日曜の部活の後、と書かれていた。
 字の癖は、三年間部誌に目を通してき身としてはすぐ分かるものだった(うちは私の方針上、部誌の記入は部長のみではなく今も昔も部員全員の持ち回りである)。
 即刻その字の主、紫原の携帯に電話を掛けたら、へにゃりとした声で『来週ねー』と言われた。もう逆らうのも面倒になって、来週な、と応えてしまった自分の、部員やOBに対する甘さに、ちょっと驚いてしまいながら、現在紫原を隣に乗せて車を出している。




 市内ならまだしも、そのカフェは隣の市だったから、学校近辺からだと少々時間がかかる。
 だが別に、苛立っている訳でもなかった。車の中の話題は、今日紫原が秋田に召集された理由でもちきりだったから、平和で幸せなものだ。

「火神ヒドイよねー突然余興担当とかさー」
「いいだろ、氷室も喜ぶ」
「だってさ、会場も主役も英語圏だよ?どうかと思うね」
「半分は日本人だから大丈夫って、火神……火神くんに言われたけど」

 最近頻繁に国際電話を掛けてくる相手のことを言い直したら、案の定紫原に笑われた。

「火神‘くん’って呼んでんの?」
「……まさか電話口でそんなに関係ない相手を呼び捨てるわけにもいかんだろう」
「まっじめー。まさ子ちんは何頼まれたの?」

 言われて私は言い淀む。それが喫緊の課題だからだった。
 最初、氷室から連絡が来て、挙式とその後のパーティに招待する旨を伝えられたところまでは良かったのだが、氷室が変な気を回して、新婦であるガルシア側で私を招待しようとしたあたりから、この結婚式の件の窓口は火神くんになっている。

「……余興くらいいいじゃないか。氷室、私のことをガルシア側で呼ぼうとしたんだぞ」
「え…室ちん何考えてんの?そっちほとんどアメリカ人になるんじゃ…」
「『監督も女性が多い方が楽しいかと思って』だと」
「うわあ…」

 さすがの紫原も閉口する氷室とガルシアの余計な気遣いは、幹事の火神くんに察知され、招待状がばら撒かれる前に潰されて今に至る。潰したついでと言わんばかりだったが、その火神くんに一つ頼みごとをされて、それが2ヶ月後に向けた私の課題になっていた。

「スピーチを火神くんに頼まれてな。サプライズで、って話なんだが、悩みとしてはお前たちと一緒だ」
「あー、英語?」
Yes
「キレーじゃん」
「外語の先生と放課後に特訓中。プラスで火神くんに添削以来のメールをもう何通も送ってる」

 信号で止まったから、肩をすくめて見せたら、紫原は声に出して笑った。

「お互い贅沢で幸せな悩みだね」
「その通りだな」
「結婚式8月だから夏休み?」
「まあな。インハイも終わった後だし、有給とって行くつもりだ」
「え?夏休みって先生も休みなんじゃないの?」
「そんなワケないだろ。毎日出勤だよ。だから有給取るんだ」

 そんなことを言っているうちに、あと一つ角を曲がったらそのカフェだ。


「まさ子ちんはさ―――」
「着いたぞ」


 紫原の言い差した言葉が、何となく分かってしまったから、私は遮るように言って、駐車スペースに車を止め、追い立てるように彼を降ろした。




「何にしよっかな」

 先程の一瞬の緊張感に反して、彼は楽しげにメニューを眺めている。それになんだかほっとしている自分がいた。

「まさ子ちんどうするの?」
「お前は?」
「これ」

 指差されたのは一番大きいパフェだったので、私はちょっと笑ってしまう。本当に相変わらずだった。

「私は紅茶でいい」
「えー!なんか食べなよ。せっかく来たんだしさ」

 もったいないよ、と言いながら、彼はウェイトレスに目配せする。結局紅茶を受け入れてくれるのだな、と思ったら、妙な気分になった。それは安心にも、寂寞にも似ていた。

「このパフェと、紅茶二つと、それから、本日のケーキお願いします」
「ちょっと、おい!」

 突然のことに驚いて、しかし店内で大声を上げるわけにもいかず、勝手な注文をした彼を諌めたが、ウェイトレスはいっそのどかに注文を繰り返して、去っていった。

「えー?ケーキくらいなら食べられるでしょ?どうせ俺の奢りだし」
「奢られる筋合いはない!お前は私の教え子で」
「でも食べるでしょ」

 遮るように言われて、私はうっと言葉に詰まる。確かに、店に入った時に『本日のケーキ』と黒板に書かれたケーキが気になっていたのは間違いないけれど、ベリータルトなんて少女趣味すぎて言いだせなかった。
 数年ぶりだというのに、彼はやっぱりマイペースで、我が強くて、そうして、どうしてか、私のことをよく分かっているような気が、した。




「まさ子ちん、またお見合い断ったんだって?」
「どこ情報だ」
「福井さん?」

 疑問形で言われたそれに、福井め、と理不尽な怒りで以て私は苦々しく水を一口飲む。紅茶もパフェもケーキも、まだ届いていなかった。

「いいだろ、別に。急ぐもんでもないし」

 誤魔化すように言ったら、紫原にじっと見詰められた。そういう、無邪気で透明な目をしないで欲しい、と小さく思う。

「待ってる人でもいるの」
「……いないよ」

 私は、彼のその一言にひどく傷つけられた気分になって、静かに応えた。傷つけられた、なんて、それこそ理不尽極まりないのに。
 白馬の王子様、なんて贅沢は言わない。
 だけれど、少しは私を見てくれる相手が欲しい、という贅沢は、昔染付いたエゴみたいなものだった。全部押し付けられて、全部求められて、全部クリアーしたのに、結局彼はいなくなってしまって、そういう関係はもう御免だった。


 私が教員で、スポーツも出来て、万が一教員を辞めることになっても、スポーツトレーナーとか就職口は確実にある今時珍しいくらい優良物件だから。
 或いは、教員として、部活の顧問としてそれなりの成績を毎年残していて、この先の私ではなく‘相手の出世’に一役買いそうだから。


 だけれど親の用意する見合い相手なんて、そのくらいしかなかった。そのくらい、と切り捨ててしまうだけ私もまだ若いのかもしれないし、そうだとしたら、若くなくなったらそんな伝手でもいいから結婚してしまうのだろうな、という、悲観とは違う諦めに似た感情もあった。


 冷たいくらいに透明で、残酷な視線をぼんやりと見返しながらそんなことを考えていたら、目の前に鮮やかな色合いのタルトが置かれた。ついでに紅茶と伝票も置いていかれた。やっぱり私が年上で、そうだとしたら私が勘定を払うのが世間一般の常識、というヤツなんだろうな、と思ったら、どうにもこうにも疎ましかった。

「アレックスが羨ましかったりする?」
「べつに」

 本当は羨ましくて仕方がないのに、私は悪態をつくように吐き捨てて、グサッとタルトにフォークを突き立てる。それは思った以上に軟らかくて、舌打ちがこぼれた。

「十年以上もイケメンに思われ続けてたくせに、‘タツヤが大人になるまで’とかぬかしてのらくらかわしてたガルシアが羨ましいと思ったことなんて一度もねえよ」

 子供の癇癪みたいに、私は綺麗じゃない言葉遣いで言った。でも、これが良くない言葉遣いだ、と決めるのは、やっぱり私を型に嵌めようとする男たちや親たちであって、私自身にとって、こういう言葉遣いはどうしたって青春の一端だった。
 一端だったし、今でもそれは私を構成している、とどこかで信じていた。莫迦みたいに。
 やっぱりこんなの、エゴでしかなくて、もう次の見合いで結婚してやろうか、とやっぱり莫迦みたいに思った。

「待ってちゃ悪いか。王子様。少女趣味だって知ってるよ。でも、私のこと分かってくれて、一緒に笑えて、一緒に泣ける相手が欲しいんだよ」

 独りの部屋で一年前にヒットした感動大作の映画のDVDを観る生活はもう御免だった。それでどうせ、独りで泣くんだ。洋物の恋愛映画だったらそれこそサイアクだ。泣けてくるくせに、私にはどうしたって届かない馬鹿馬鹿しいほど壮大な恋愛を出来る連中がいると思うだけで、ひどい虚無感に苛まれる。
 でもそれは結局ぐちゃぐちゃな気持ちの裏返しで、そういう恋がしたいってだけの話だから、余計に虚しくもなる。日付変更線なんて、どうしたって無駄なものですよと言わんばかりの教え子が、今はどうしたって憎らしかった。

「でも、もう疲れた。結婚する。周りもうるさいし、一人は疲れた。見合いの相手するのも、着物の着付けも、美味くもない料理も、全部面倒くさいからもう結婚する」

 捨て鉢になって言ったら、何故かパフェをもしゃもしゃ食べていた紫原の目が楽しげに輝いた。こちとらもうどうしようもないほど苦しんでいるんだぞ、と叫び出したかった。

「やった」
「……テメェ、絞めんぞ」

 流石に腹が立ったので凄んだら、不思議そうな顔をされた。余計に腹が立った。

「ちょっと、おめでたいことなのに睨まないでよまさ子ちん」
「お前、私のことナメすぎだろ」
「だって、結婚してくれるんでしょ?」
「……は?」

 意味不明な会話は、意味不明さを加速度的に増している。誰が結婚するって?誰と結婚するって?

「室ちんの十年には流石に及ばないけど、五年前のこと忘れたとは言わせねーし」




 そう言われたら、思い当たることがあって、私は突然でもなんでもいいからわーわー叫び出したくなった。思い出さなきゃよかったのに、そんなこと。わーわー叫び出したいのか、それとも泣き出したいのか、判別のつかない思いばかりが去来して、そうして私は、五年前から恋もせずにずっと見合いばかりして、その度に断ってきた最低な娘なんだ、と、全く違った階層のことすら考えた。




 あの日はその年のウィンターカップが終わって一週間で、ウィンターカップ終了に合わせるように気を遣って待っていた親から見合い相手の写真を見せられた次の日だった。
 わーわー泣いた。莫迦みたいに。理由もないのに、見合いの写真に映っている振り袖姿の自分が惨めで、惨めすぎて、部員全員が帰った後、部誌に目を通す名目で部室に残ってわーわー泣いた。この人と結婚しなきゃいけないんだ、と思ったら、余計に惨めな気持ちになって、余計に泣けて、泣けて泣けてどうしようもなくて、部室にいたら、ガチャッと扉が開いて、私は心臓が飛び出すかと思った。巡回は私がやると、教務に言ってあったのに、と思った。
 だけれどそこに現れたのは、そんな心配の斜め上を行く相手だった。

『ありゃ?まさ子ちん?部室、電気点いてたからラッキーと思ったんだけど…』

 それは一週間前に引退試合のウィンターカップを戦った、紫原だった。
 私が泣いていたのは多分廊下まで聞こえていただろうに、まるで何もなかったみたいに彼はロッカーに近づく。

『忘れ物しちゃってさ。片付けで後輩に捨てられたらたまんないでしょ』

 まだ食べられるのにーと、片付けで見つかったら絶対捨てられるだろうな、と思われたポテトチップスの新味だか何かをひらひらと見せられた。それをぼんやり眺めてから、私ははっとする。多分、化粧はぼろぼろに落ちて、目ははれていて、そして何より、打ち捨てるように投げ出した見合い写真は隠しようもなかったから、私はばっとその写真にのしかかるようにして、その上で、ぐちゃぐちゃの顔も伏せて隠した。

『用が済んだなら帰れ。もう閉める』

 当たり前だが、伏せた先から出た声はくぐもってしまった。

『お見合いすんの?』

 だけれど彼はのっそり近づいてきて、私の下敷きになっている見合い写真の代わりに部誌を取った。そういえば、今年のウィンターカップのまとめを書いたのは紫原だったな、と頭のどこかで思った。

『お、花丸ついてる。やった』

 彼や三年生の引退試合には、毎年なんてコメントしたらいいか分からなくて、「よく頑張った」という気持ちだけを込めて、子供じみた花丸をつけることしか出来なかった。その花丸を、「やった」と言う彼に、少しだけ救われた気がした。

『する』

 だから私は、やっぱりくぐもった声で、彼の一つ前の言葉に応じた。

『知ってる人なの?』
『知らないけど、親がしろって言うから、する』
『断ったら?』
『会うだけ会わないと、怒られる』
『ふーん』

 さっきまで、私は確実に、「この写真の相手と結婚するんだ」と確信していたのに、彼と話していたら、何故か「会うだけ会う」というところまでレベルが下がっていた。不思議な感じだった。

『まだ結婚するって決まった訳じゃないの?』
『ああ』
『まさ子ちん結婚したいの?』
『べつに』




『じゃあ』






『お見合いしても納得いかなかったら俺と結婚してよ』






 五年前のそれは、びっくりするほど陳腐な告白だった。泣き喚くいい大人に対する、子供らしい発想の慰めだと思っていた。そうしたらどうにも可笑しな気分になって、私は、その見合い話を断ってしまえばいいんだ、という気持ちになった。そういう気持ちになって、泣き止んだ私は言った。


『分かった。どうしても駄目だったら、お前と結婚する』






「見合いの相手とか着物とかが面倒ってことは、もうお見合いしたくないんでしょ?じゃあもうお見合いは『どうしても駄目』ってことだから、俺と結婚するってことじゃん」
「無効だろ!?あんなの!」
「男の一世一代の告白、簡単に無効とか言うとアレックスと同じになるよ、マジで」
「るせー!アイツと一緒にするんじゃねえ!」

 そう言われたら、私は自分がどれだけ我侭かを思い知ったような気がした。
 氷室が大人になるまで、とか言っていたガルシアを羨ましいと思っておきながら、子供の頃から大人になるまでずっと一途に好きでいてくれた男の存在が羨ましいと思っておきながら、一緒だよ、と言われたら、それを全部否定しようとする。

「嘘だろ」
「何が」
「ずっと好きだったとか、駄目だったら本気で結婚してやるつもりだったとか」
「……嘘だったら、福井さんに逐一メールもらわない」
「嘘だろ!?あいつ全部メールしてたのか!?」

 少し違った部分に驚きを覚えて悲鳴のように言ってしまう。彼とはまた違った善人面をして相談に乗ってくれていたと思っていた教え子は、どうやら紫原の情報源だったらしい。

「そろそろ諦めなよ」

 笑って言った彼の前にあったパフェは、いつの間にか空になっている。私は、フォークを突き立てたままだったタルトをちょっと切り分けて、自分自身を落ち着かせるように口に運んだ。どうしようもないくらい甘くて、どうしようもないくらい酸っぱかった。




「美味いな」




 だけれど出てきた感想は、あんまりにもお間抜けだった。

「噂通りだったね。連れてきてくれてありがと」

 彼はへにゃりと笑った。今度はタルトが塩辛い。泣いているんだ、と思ったら、妙に気持ちが凪いだ。
 彼の大きな手が、私の前に無遠慮に置かれた伝票を摘む。

「手付金だよ」

 バカみたいなことを言われたから、正直に言ってやった。

「馬鹿者。今日のガソリン代だ」
「生活費は折半ってね」
「……莫迦が」


 バカバカと繰り返しながら、私はタルトを食べた。
 ―――帰りの車の中で、英語のふざけた教養CDを掛けることばかり考えながら。




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まさこはこういう女ならいいね、という。
私はまさこに夢を見すぎている。確実に。

2013/6/27