ひとつあげる
「あーいーだーさん?」
「……?」
リコは、様々な疑問にぶつかった。
なんで疑問形で名前を呼ばれたのか、とか、なんでこの男がここにいるのか、とか(だってここは学校の図書室だ。誠凜高校の)。
「ぶっ」
様々な結論として、リコは彼の顔を打っていた。
「すみません、ここ図書室なので騒がないでいただけますか―――今吉さん」
「お!殴られたんはめっちゃ不本意やけど、名前覚えててくれたんはめっちゃ本意やで」
「…」
「警戒心マックスなのも不本意」
そう言って、今吉はリコの眉間を軽くつついた。
「やめて!」
「なんで?」
「触らないで!あなたつくづく人の嫌がることしてきますね!」
「相田さん、ここ図書室やから騒がんと」
「っー!」
しーっと左手の人差し指を口許にあてて今吉が言うから、リコは怒りとも羞恥ともとれる形相で彼を睨んだ。
「もとはあんたが!」
「だめだめ。静かにせんと」
「…っ」
根が真面目な彼女はその言葉に返す言葉を失った。
それで調子づくのはもちろん今吉だ。
「偉いエライ。静かにしとる相田さんに、ひとつあげる」
「え?」
手を取られて、握らされたのは、カラフルなキャンディだった。
「あの」
「ん?ご褒美やよ」
「……図書室は飲食不可です」
断る口実としてこの上ない、と、この名監督はこの状況でも判断した訳だが、そんなの彼の計算の範疇である。
「じゃあ、代わりに」
「え…!」
ちゅっと可愛らしい音がして、リコの思考は停止した。
「ひとつあげる」
その男は、一言言うと、ひらひらと手を振り、彼女に背中を向けて歩き出す。
残ったのは飴玉と口許の熱だけ―
『ひとつあげる』
その言葉が、いやに耳に残った。
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初今リコ!
2012/11/21 ブログ掲載
2013/5/23