「私はどこを生きているのだろうとか」

 そういう壮大で、バカバカしいほどの問い掛けを、私は私に問いかける。


次に世界


「だーかーらー」
「だーかーらーよー」
「その部の部長、副賞がある場合副部長が登壇するって規定に書いてあるでしょ」
「部内に部長より役職上の人間がいるならそいつが登壇だろ、どう考えても」
「バッカじゃないの!?いずれにせよ部長は副賞で登壇しなきゃならないじゃない。副賞あるんだから!」
「馬鹿め!副賞がある場合副部長って明記してあるだろ!」

 私と順平の間で無意味な言い合いが始まって30分が経過しようとしていた。伊月くんが呆れたように私たちを見ている。
 この学校にはまだ卒業という概念がない。代わりにあるのはその年の最優秀の個人、部活の表彰で、去年は該当部活なし。今年は我がバスケットボール部のウィンターカップ優勝による全国制覇という躍進で、期末テストが終わった昨日表彰が内定した。
 現在進行形で、その表彰式についてバスケットボール部部長兼主将に打診している私は、だがしかし、今だけ生徒会の人間ということになっている。

「アンタね、最初『いいよ』って言ったじゃない」
「聞いてねえよ、受賞の言葉とか、冊子に載せる文章とか」
「そんなの作文用紙2枚もいらないわよ!」

 そう、ここなのだ。順平が突然、表彰式はリコで、と言いだした主な理由は受賞の言葉と学校誌に載せる文章を作らなければならないということだった。なんとも情けない。

「日向、あんまりカントクを困らせるなよ。終業式当日はカントクっていうか、相田名義でいろいろしゃべらなきゃならないんだし」
「つってもよぉ」

 見かねて助け舟を出してくれた伊月くんにまだごねている順平の脳天に拳を入れる。

「シャーラップ順平!いいこと、ここでのアピールが新入部員獲得に繋がるのよ!アンタはうちの主将なんだから、バッチリ決めなきゃいけないの!」
「……分かったよ」
「あ、でも副賞は相田行ったら?木吉いないから俺だとなんか締りないし。当日裏方ある?」
「伊月くんがいいと思うんだけど。ステージの裏手でちょっといろいろあるし、ていうか、優勝したのはみんなだからね」

 笑って言ったら、伊月くんはなぜか困ったように笑った。
 私を相田と呼ぶ彼と、幼馴染を順平と呼ぶ私と、私をリコと呼ぶ幼馴染。
 私たちは、いつの間にか元通りで、それがどうしてか楽しかった。





「なかなかいいこと言うじゃない」

 終業式の後の放課後に部活はない。これは全ての部活に共通のことだった。終業式の一幕として行われた表彰で、順平がけっこういいことを言ってくれたから私は上機嫌で帰路についていた。

「機嫌よさげな相田さん発見」
「唐突ですね、相変わらず」

 だから、こういう日はばったり彼に会ったりしても大して驚かない。

「三日ぶりやね?」
「そうですね」

 時々、彼は本当に何でも見えているんじゃないかと思うくらいすごいタイミングでやってくる、ということが、ウィンターカップ以来ほとんど付きまとわれている私の今吉さんという男に対する経験則だ。
 三日前。学年末試験直前に掛かってきた電話に出たらジムの目の前にいたという彼に会ってから確かに三日。

「今吉さん、実は暇?」
「えー、相田さんに会いに行くのに暇やからとかそーいう不純な理由はありませんわ」

 そう言って、正面から歩いてきていたはずなのに彼はいつの間にか私の隣に並んで、車道側をキープしていた。街の真ん中。私の制服も、彼の私服も、まだ薄いトレンチコートに覆われていて、こうして歩いていても不自然さはないだろう。

「コーヒー飲む?」
「……拒否権は?」
「うーん、あらへんかな」

 じゃあ聞かないで、なんて言葉が出てくるから、間違いなく、私たちはカップルなんかじゃないんだけれど。
 彼は車道側を歩いているから、エスコートも何もなしに私は道の途中のコーヒーショップの自動ドアに向かっていく。コーヒーショップには私が向かっていくのだ、と私はぼんやり思った。拒絶や拒否は、多分最後まで私に残されいるんだ、と思ったら、どうしてか悔しかった。





「今日はどんな御用事ですか」
「その他人行儀な感じが悲しいわ」
「はいはい」

 私たちの前にあるブラックコーヒーの差は、サイズがMかLかだけ。規格も、使われている豆も、抽出する機械も、何もかも一緒のブラックコーヒーを差し向かいで飲むことに、私はたった3ヶ月にも満たない月日で徹底的に慣れてしまっていた。

「なあ、相田さんって伊月とか黒子とか誠凛面子と一緒の時もブラックコーヒーなん?」
「は?違いますよ」
「おお、やっぱこれは格差社会か」
「当たり前でしょ」

 当たり前、と言いながらも、私は彼に隙を見せたくなくて必死にブラックばかり飲んでいる自分というものが不思議だった。
 だけれど、隙を見せたくないというのは、どういう感情なのだろうと思う。
 次がまだある、という前提の感情であることは間違いなくて、そう思うと何か可笑しく感じた。

「次なんていらない」

 ぽつんとつぶやいたそれは、多分彼に届いていたけれど、彼は何も言わなかった。

「ていうか今日はまともな理由があってん」
「何ですか?」
「ウィンターカップ優勝おめでとうってまだ言ってへんかったなって」
「……すごい今更ですね」
「うーん、傷と切っ掛けと愛情という様々な感情の始発点の大会やったので、今更でも仕方なしというか云々かんぬん的な」
「なんか正当化してませんか」
「しとるよ」

 あっけらかんと答えた今吉さんに、私はなんと返したらいいのかぼんやりとコーヒーを飲んだ。美味しい、となぜか思った。

「こちとら負け戦やからな、御大将殿」
「勝ったのも大将も私じゃないもの」

 言い返したら、今吉さんは可笑しそうに笑った。

「なんで?」
「なんでって、そりゃ私は試合に参加してないもの」
「そら誠凛の兄さん方が可哀想やわ」
「なんで?」

 反問だと知っている。知っていながら私は問い掛けた。
 頑張ったのは私じゃない。
 勝ったのも私じゃない。


 私は、
 私が、
 私の、


 私は、世界の   
 私が、世界の   
 私の、世界の   


「そら、ワシらは監督含めた誠凛に負けたワケで、その監督が相田さんなワケで」


 私は、世界の一部でいたくて、
 私が、世界の一部でありたくて、
 私の、世界の一部が彼らであってほしくて、


「先に距離を取るのはいつも相田さんやな」
「……逃げを打つのが上手いのよ」

 世界からすら、私は逃げ出す。
 逃げ出そうと、する。

「上等、ワシは追っかけるの得意やで。ご存知の通り黒子だってマークできる達人様やからな」
「怖いのね」

 順平と伊月くんに謝らなくちゃ。あと、鉄平にもメールしよう。
 ケーキでも買おうかな。
 お祝いといえばケーキだもの、日本人は。なんだかよく分からないけれど、大きめのケーキがあればいい気がする。ベタな内容が好きなの、私。だからお祝いのケーキは私が好きなケーキにしよう。


 私の世界にいる全ての人に。
 私の世界に私がいられるように。


「私は」

 言葉を切った私に、今吉さんはやっぱり笑った。

「優勝おめでとう。まあ来年はうちが勝つけど」
「望むところよ、OBさん」

 私も笑ってそう返す。そう、あの出来事は間違いなく私に起こった出来事だと確信しながら。

「現役の余裕か!」
「えー?別に。それよりここのコーヒー美味しいですね」
「あー、せやね。ちゅうか初めて入ったわ、この系列」
「次からここにしない?」

 次、という言葉が私の口から自然と落ちた。
 次なんていらない、なんて嘘。
 裏切られる次なんていらないだけ。
 次の約束なんて、誰にも求めたくなかったのに、彼とは次がある気がする。
 次があってほしいと、望んでいるのかもしれない。

「ええよ。お気に入りやね」

 笑ってうなずいた彼に、私は上手く笑い返せていただろうか。
 次も、あなたが世界の一部であればいいなんて、まだ上手く言えないけれど。




2014/10/30 ブログ掲載

2014/11/14