他意はない、他意はない、他意はない。
 私は、自分自身にそう何度も言い聞かせて、桐皇の校門近くでマフラーに鼻先を埋めていた。
 他意は、ない。
 先週に不意打ちで受け取った誕生日プレゼントのケーキの分なのだから。

「お待たせしましたってかほんまにおってえかった」

 言い聞かせていた私の肩がぽんと叩かれて、サッと振り返ったら、コート姿の今吉さんがいた。

「どうも」
「ワシめっちゃ感動した。相田さんからメールきて、その上相田さんおるとか!」

 今日の私たちは、今までの私たちを考えれば奇妙な図式だった。いつもなら、今吉さんから一方的にメールが来て、あるいはカフェとかファミレスに連れ込まれるのが普通だったから。
 だが今日は、私からメールをして、桐皇の校門近くで待っている旨を伝えたのだった。

「私、自分からした約束すっぽかしたりしません」

 憤然とした気持ちでそう言ったら、まあまあと軽く頭を撫でられた。

「疑っとった、っていうか、まあ、ワシの日ごろの行いがな…」
「日ごろの行いを自省するだけの能はあるのね」
「ヒドっ!」

 それもそうだろう。いつも神出鬼没なうえ強引な彼だ。私が嫌がらせの一環として、呼び出しておきながらどこにもいない、という、いわゆる上げて落とすを実行したって、誰にも怒られないだろうと思う。

「で?用事って?」
「あー、えっと」

 他意はない。他意はない。絶対ない。
 そんな心中を覚られないように、私は言った。

「とりあえずここ寒いから、どっか入りましょう。あ、でも勉強とか忙しいですか?」
「あーそれはないわ。ま、合格間違いなしやろうし」

 私は嫌味な人ね、と悪態をついて、それに肩を揺らして笑った彼と、一番近くのコーヒーショップに入った。





「で?相田さんから用事って?」

 私の飲み物も、彼の飲み物も、ホットのブレンドだった。もちろん砂糖もミルクも入れない。彼の前で、ブラックコーヒー以外の何を飲めばいいのか、私にはまだ分からなかった。何を飲んだら可愛げがないと言う彼は納得するのだろう、とぼんやり考える。

「あーいーだーさーん?」

 顔をのぞきこまれて、私は詮無い思考にとらわれていたそこから引き上げられる。

「あ、すみません。ボーっとしてて」

 そう言って、私は苦いコーヒーを一口飲む。

「大丈夫か?」
「いや、そういうんじゃないん、で…す…」

 そう言いながら、私は当初の目的を思い出して赤面する。
 他意なんて絶対ない。だけれど、こういうのは緊張するのが女子というものだ。

「相田さん可愛ええな」
「冗談言わないで!」
「冗談やないで」

 軽口を叩く彼に、私は苛立ちというか羞恥に、鞄に入っていた包みを二人掛けのテーブルに叩きつけた。

「えっと?」
「バレンタインでしょ、今日」
「は?え?ワシに!?」

 明らかに混乱している今吉さんに、私は顔に熱が集まるのを感じた。だけれど一息に言ってしまう。

「他意はないですから勘違いしないでください。先週誕生日プレゼントにってケーキ貰ったから、一応渡さなきゃならないと思っただけです」
「手厳しなあ」

 そう言いながらも、彼の顔は至極嬉しそうに緩んでいた。

「開けてええ?」
「どうぞ」

 ちょっとぶっきらぼうな声で言ったら、彼は赤と黒が基調の包みを開ける。自作なんて出来るワケなかったから、デパートでちょっと背伸びをして買ったものだった。

「お、綺麗。さすが相田さん、見る目があるわ」

 細長い箱の中にはトリュフと鮮やかな色に纏われた球形のチョコレートが交互に詰まっていた。四角の細長い箱に、丸いチョコレートが入っている、というのがなんだか良かった。

「今吉さんみたい、って思って、買ったの」

 腹を四角い箱で覆うように見せないけれど、どこかで優しい。細長いそれは彼の長躯を思わせた。

「チョコにまでワシっぽいとか、それって相田さんもワシに魅かれてるってこ「違います」
「被せんといて!」

 今吉さんの言葉も、こうもずっと続くとどこ吹く風となってしまう。
 だけれど、彼にバレンタインのチョコレートを渡したかったのは紛れもない事実で。
 彼に似合いそうなチョコレートを選んでしまったのも事実で。

 好きになったりしないつもりのこの恋に、ちょっとだけ黄色信号が点った。


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