Abduction


「千石、さん…」
「んー?」
「あの…どこ、に」
「どこだろね?」

 彼は私の手を引いて歩いていたが、ストリートテニスコートから、ずいぶん離れてしまって、閑静な住宅街まで、私たちはさしかかっていた。

「怒った?」「怒ったていうか…ほんとに、どこに…?」

 その言葉に、彼はニコリと笑った。

「そうだな。敢えて言うなら、君の知らないところ」




―不動峰の誰も、そうして、橘のいないところに、彼女を連れ去ってしまいたい。

 それからも、千石は杏の腕を放さなかった。そうして、住宅街を抜けて、どこにでもある様な公園に辿りつく。

「ね。街を一望できるでしょ?」

 そう言って、彼は、指どおりのいい彼女の髪を撫でた。

 ―多分この場所を。橘たちが見つけられるとは思えない

 だから、今だけ―


誘拐(君と、ちょっとだけ逃避行)