シャープペンシルの芯を繰り出す

 カチカチカチ、という、シャーペンの芯を繰り出す音は、案外大きい音だと思うのだが、何となく、本当に何となく、隣の席の何某には聞こえていないだろうな、と思うことがよくある。
 それはそいつが授業に集中しているからかもしれず、或いは授業中でも教室中に広まっている喧騒というか、雰囲気に比べれば、それは些細なことなのかもしれず、とにかく、こうやって俺がシャーペンの芯を繰り出す音は、前後左右、誰にも聞こえていないだろうという確信めいたものが俺の中でたまに過る。

 数学のノートの右端に、俺は様々な言葉を書きつけていった。ほとんどが今聴いているCDに出てくる文句だ。たまに黒板を見て、公式やら数式やらを、かなり適当にノートの中央辺りに書きつける。

 カチカチカチ

 規則的に、リズミカルに、俺はもう一度シャーペンの芯を繰り出した。


『君が好きだ』


 ノートの右端に書き加えられた甘ったるい歌詞。いつ聴いたのだろう?昨日?一昨日?それとももっと前?或いは深司から借りたCD?頭の中に、誰かがそれを歌う声は顕れなかった。

 ちょっとだけ、ペン先に力を込めたら、細くて脆い芯はパキンと折れた。
 カチカチカチ
 もう一度芯を繰り出して、それから俺は先程書いた、記憶の彼方にあったらしい甘い文句を塗り潰す。

「君が好きだ」?そんなに簡単なら、苦労はしないよ。