あなたは美しい
「なんだ、これは」
「簪だが」
見れば分かる、と吾は思ったが、綱のこの脈絡のなさは昔から変わらぬな、と思う。
「いや、レイシフト、と言ったか。江戸、か。そのあたりに行くことがあって、持ち帰れたのだ」
本当に脈絡の欠片もない。だからなんだ。吾に身に付けろとでも?そう思って吾は思わず言う。
「これには毒でも?」
「なぜそうなる」
そういう間柄ではなかろう。分からぬ、本当に、と思ったら、綱は吾をじっと見て言った。
「お前は、着飾ることをせぬから」
「はぁ?」
「昔は、着物も、櫛も……いや、こちらの話だ」
その言葉にわんわんと聞いてはならぬと声がする。誰の、声?これは、吾、か?はは、うえ?
「似合うと、思う」
ぽつんと綱は言った。似合う?誰に?
「それは吾ではなかろうよ」
そう、頭の中の声をかき消すように静かに言ったら、男はひどく悲し気な、そうして寂し気な顔をした。
「いや、お前だから似合うのだよ」
いつかのように、と付け足すように言われたそれを、吾は聞かなかったことにした。
*
「似合うと、思った」
彼女が受け取ることのなかった簪をぼんやりと見つめながら、俺はつぶやいた。簪、か。平安の往時では付けていたのは神楽を舞う巫女くらいなものだったが、その後の時代では当たり前の装飾品になったらしい。櫛はあったが、このように派手なものはなかったな、と逃避のように思った。
「お前の髪は美しく」
お前はかつて綺麗な着物を着て。
「お前がこれを摘まみ、挿すのなら」
お前は綺麗に櫛でその長い髪を梳かれるのが好きで。
「馬鹿だな、俺は」
そこまで考えてぽつり、と言う。俺は何がしたいのだろう。彼女を、取り戻したいのだろうか。いつか見た、彼女を。
それはなんてその「茨木童子」という鬼に対して不遜で、不埒なことなのだろう、と思った。
「鬼だから美しいのか、お前だから美しいのか」
ぼんやりとつぶやく。そうしてやはり違うと思う。
「美しいのだよ、お前は」
何がそれを作ったのだろう。自分であればいいと思いながら、それは違うと知っていた。だけれど。
だけれどせめて、その美を乱し、作り、狂わせるのは自分でありたいと思った。
「馬鹿だ、本当に」
ぽつん、とつぶやく。
赤い簪は、彼女の長く薄い色をした美しい髪に似合うだろうと思った。
赤。
彼女との記憶はいつも赤い。あの邸も、腕を斬った時も、山に行った時も。
赤、朱、あか。
「だからお前は美しい」
それを彩るのが己であればいい、などと嘯きながら、俺はその簪を丁寧に仕舞った。
―――いつか受け取ってくれればいいと、思いながら。
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2021/2/15
2022/5/14 掲載