歩む
何一つ喪わずに歩めたのなら。
「無理だと知っている、知っていたさ」
ギリっと奥歯を噛む。自分にそんな権利はないと知っていた。
田中君を、あの豪傑を悼む権利などないと知っていた。
「私が殺したのだから」
私がそれを、望んだのだから。そうして彼は、それを分かっていると、是としたのだから。
だから私は、その意志を継いで進むしかないのだと、自分自身を欺くように言い訳した。
*
「少しだけ、嬉しかったのですよ」
カルデアで再会した彼もあの聖杯戦争の記憶を持っていて、だからそう言われた時、私はなんと返すべきなのか戸惑った。食堂で受け取った手元の茶は、もうぬるくなっていた。
「先生のお考えなど分からずともついて行くべきだと生前から思っていました」
「それは」
湯呑を握り込む手に力が入る。わたしは、君に信じてもらえる様な男ではないのだから、と。
「ですが、知りたかったのも事実です。こちらを見て欲しかったのも」
そう言って眼前の彼はゆっくりと茶を飲んだ。きっとぬるいだろうにとなぜか些末なことに意識がいった。
「だから、あの時初めて、本当の意味で、先生のことが分かった気がしたのです」
あんなふうに、二度目だというのに君を殺したそれを、許すと、当たり前のように笑う彼は、笑う彼だから、私は。
「君を失いたくなかったのに殺した私が許せるか」
「許すも何も。先生のなさることですから」
笑った彼に、泣きたくなった。それは、私に許されることではない。私にそんな権利はないと知っている。
「私は、君の思う様な男ではない!」
今も昔も、と叫んだら、彼は言った。
「では、もっと先生のことを教えてください」
柔らかに落ちた言葉に思った。私たちには言葉が、心が、何かが足りなかったのだ、と。
だから。
「茶を淹れ直してくる」
「先生にさせる訳には!」
その言葉に私は笑った。
「私がそうしたいんだ。君と茶を飲みたいんだ」
まだきっと足りないと知っていた。知っていたが、ここから始めるべきなのだろう。
最初から、ゆっくりと。同じ速度で歩めたのなら、それでいい。
「そういうことでしたら、お願いします」
彼は笑った。笑ってくれた。
遠い日々を、ゆっくりとやり直そう。きっと、今度こそやり直せるはずだから。
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先生はいつまで悩むのか、って思うけどトサキントリオとか読んでいる限り一生、それどころか何生でも悩み続けると思うの
2021/12/17
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