遠方
「このままでは、晴明に勝てぬ」
それが何であろうか、と儂は思った。
「これなるはおちかたの身。京に戻ることはもうありますまい」
静かに言えば、晴明殿はふと酒杯を傾けた。
「播磨に戻るか」
「ええ、そういたしましょう。左大臣殿が亡き今、拙僧が許された訳ではないものの、都に残る謂れも無し」
貴殿に拘る謂れも無し、と儂は思うのですよ。
「星が見えるか」
「見えますとも。拙僧は……そうですな、世界を手に入れるよりも貴殿に勝ちたいと願い、人を愛せぬままに悪に飲み込まれるでしょう」
「見えているなら、なぜ」
ああ、ああ、そうです。
我が身の破滅を知りながら、我が身の終焉を知りながら、我が身の末路を知りながら。
「あの日まみえたのは確かに大柑子、我らは永遠の命を得た」
「非時香菓、であった。あれは間違いなく」
「で、あるならば、お分かりでしょう、はるあきら殿」
「なれの名は、みちみつ、みちたる……そう、か」
いずれまみえるその日まで、と一言遺して、儂は播磨への旅路へ着いた。
「我らはおちかた。まみえることがあれば良いが」
「『我ら』か」
言葉に、男は小さく笑った。
*
「道満はさ、結局リンボなの、蘆屋道満なの?」
「ンンン?直截に聞きすぎるのはマスターの悪癖と言われませぬか?」
「だって、なんていうか」
食堂で夕餉を食べながら主に問われる。そのどちらでもなく、そのどちらでもあると答えるのは簡単だったが、ひどく面倒だった。
「……我らはおちかた」
「え?」
言葉にその少女はふとこちらを見た。そう、遠いところから来たのです。
遠いところへと帰ったのです。
「拙僧は、我が身がこうなることを知っておりました」
悲しいとは、思わなんだ。
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道満がなんで人類悪にならないであんな面白いことになったのかほんとに、ほんとにずっと考えていられる。
2021/11/10
2022/5/6 サイト掲載