替え
「武市さん、下がって!」
坂本の声に武市はチッとひとつ舌打ちする。宝具ではない刀は血脂で滑って上手く斬れなかった。
「銃の間合いまで」
下がって、ともう一度叫ばれたが、眼前でその流れを堰き止めている「アサシン」の背に目が行った。
刀を背に差すのは、芝居や何かでは当たり前かもしれないが、通常の動作ではあり得ない。あるとすれば打ち合いで目釘が狂ったり、刃がこぼれたり、それこそ血脂で鈍った時の替えだ。そこまで考えて、武市は自身の刀を乱雑に血振してスッと鞘に納めた。そのまま身を低くして腕を伸ばし、田中の背から刀を抜く。
「すまない、借りるぞ」
抜き打ち様に、横一文字に魔猪の足を薙いだ刀は、据え物でも斬ったように澄ましていて、武市は苦笑した。
「田中君とは大違いの刀だな」
「先生、来ます!」
「合わせる」
そのまま背を預けて刀を構える。そうして武市は軽く、しかし酷く猟奇的に笑った。
「返り血を気にしなくて良いのは結構な話だ」
*
「え、返り血?あー、まぁねぇ」
その後、いつも通りの姿で戻った武市と田中に、マスターから武市が最後に口にした科白について問われて、斎藤は青少年の育成に良くないなァ、なんてどうでもいいことを考えながらヘラヘラ笑った。
「幕末のあの頃ってさぁ、正々堂々とかなかったから」
ヘラッと笑って彼は言う。
「武市の服が黒いのも案外それじゃないの?」
返り血が目立たない様に、と男は笑った。
*
カルデアに帰還してから武市は、丁寧な動作で目釘を替えて、仮初に借りた得物を田中に返した。
「すまない、不覚を取った」
「いえ、数打ちですから」
言葉少なに返した彼の、その目釘穴がしっかりと鉄で留められた刀に、武市は笑う。
「斬れねば、意味がない」
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示現流って替え刀使うんだっけかと入院中に考えて書いた話です(そしてよく知りません)。霊体化すれば返り血気にしなくていいからねっていう物騒な先生。
2021/12
2022/3/10 サイト移管