帰ろうか

「おまん、それ手作りか?」
「悪いか」

 岡田に言われて田中はぶっきらぼうに答える。

「自分で作った方が安上がりだ」

 指差された弁当の端から箸をつけて黙々と食べれば、コンビニで買ったらしいパンを食べながら岡田は「ふーん」と返す。

「似合わんと思っただけじゃ」
「なっ!?」

 田中が気色ばんだところで、ふとその席を覗き込むようにして武市が笑った。

「以蔵の言うことも、分からんという程でもないな」
「……先生」

 少しの落胆と、しかしながら確かに、と思ってそう言い差した田中に、武市はパタパタと手を振る。

「ああ、違うぞ。田中君は仕事も早いし、家事も完璧とあってはあまりにしっかりしていて世の女性に羨まれるだろうという意味だ」
「は?」

 武市の言う通り、仕事も早く、この部署での成績もトップクラスの田中は女性である。「女のくせに」というやっかみには慣れていたし、この部署に移ってからは顔馴染みも多く、そういう機会も減った。だが、逆となると対処に困る、と田中はぼんやり思った。

「私のような者を、羨む人がいましょうか」

 だから世辞にしても良くはない、と思いながら彼女は息を吐く。
 女にしては高過ぎる背、仕事も気にはしないがやっかみばかり。下手な冗談は言わぬ人だと思っていたが、と武市を見遣れば、その感情が伝わったのか彼はふと笑みを閉ざして至極真面目な顔で言った。

「いや、冗談ではなく。仕事も家事も完璧とあっては世の女性に羨まれるだろうし、良いお嫁さんにもなれる」
「嫁?はー、何を言い出すかと思えば」

 生真面目な武市の言葉に田中が固まると、岡田がケタケタと笑いながら言った。それに彼はやはり生真面目な表情のまま答えた。

「いや、冗談ではなく……ああ、駄目だな」
「どういて」
「おまえはセクハラという言葉を知っているか?」

 武市の言葉に、自分は女に見えているのだろうか、と田中は青天の霹靂のような、それでいてどこかぼんやりした感情で昼の残りを食べた。





 午後は彼の言葉が何度も蘇って仕事にならなかった、と思いながら帰り支度をしていた田中の肩をポンと叩く者があった。

「先生?」
「田中君、昼は失礼なことを言ってすまなかった」
「いえ、その、別段」

 気にしていません、と消え入りそうな声で言えば、武市はふと笑った。

「送ろう。このところ痴漢が出るという話だし、もう遅い」

 当たり前のように自分を女扱いする彼を、田中はじっと見つめた。

「あの……」
「なにか?」
「無理に、その、女扱いしていただかずとも……」

 そう言うと、武市はきょとんとして、それから小さく笑った。

「君ほどの美人もなかなかいないと思うのだが」

 嘘とは思えぬ口振りの言葉に真っ赤になった彼女に、武市は手を差し出す。

「そういう訳で、帰ろうか?」




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にょたなか君の話。可愛いねって。
2022/2/28
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