甘味

「ああ、すまないな」

 武市が女子社員から受け取ったのはどう見ても高級品の菓子だった。詳しくは田中には分からないが、きっと先生の好みを把握したものなのだろう、とそれをぼんやりと眺める。バレンタインからひと月、タイミングとしても本命らしいタイミングだ、と思った。
 バレンタインに一絡げにされるくらいなら、こうして贈り物を贈った方が印象に残る。渡せたことが余程嬉しかったらしい彼女が、他部署から出向いてそれを渡したと知って、田中はため息をついた。

「やはり」

 ぽつんと呟いた言葉がずっしりと自分自身を苛む。
 可愛らしい女性の方が、甘い菓子の方が、自分よりも、と。
 そう思った時だった。

「田中さん、これ、その」
「ん?自分ですか?」
「良かったら!」

 そうだけ言って押し付けるように渡された紙袋に田中はきょとんと目を見開いた。その紙袋をくれた女性に見覚えはなく、彼女はそそくさと部署から出て行ってしまい、昼休みも追い掛けるだけの余裕はなかった。

「……礼くらい、しなくてはなぁ」

 名前もカードもない包みは、高級そうな菓子だった。それを武市はじっと見つめていたのに、彼は気がつかなかった。





「田中君」
「……?どうしました?」

 いつになく剣呑に声を掛けられて、田中は心当たりがない、と終業後のデスクで恋人である武市に応じた。恋人、と思ってから、昼の菓子を思い出す。やはり自分では分不相応なのではないか、と。

「帰ろうか」
「……?はい」

 やはり剣呑なのに、その声音とは相反して言われたそれに頷く。帰ろうと誘われたということは彼の部屋か、と思ったら田中の気は僅かばかり塞いだ。

「それとも」
「?」
「誘われたか、昼の女性に」
「はい?」

 ぽかんと返せば、はあっと大きく溜息をついた武市に軽く手を握られる。終業後の残業で、この部署に残っているのは二人だけだった。

「すまない、色々と」
「あの、話が見えないのですが」

 一人でいろいろと納得しているふうの武市に言えば、彼はもう一度息をついて言った。

「私は甘いものが好きだと知れているから、というのは言い訳なんだが、女性から物を貰うところを見るのがあんなに堪えると思わなかった」
「あ、の……」

 そう言われて田中は納得する。自分が女性社員から贈り物を受け取ったから、つまりは。

「嫉妬して、下さったと」
「そうなる。それに自分がかなり無神経だったと思い知らされた」
「いえ、先生はモテるのも当たり前ですし……」
「自分の恋人が他の人間から物を貰うのを当たり前で済ませるほど、私は人間が出来ていない」

 自分の恋人、とあっさり言われて田中はぼすっと赤くなる。

「いいのですか、その」
「君でないと困る」

 真っ直ぐに言われて、田中は穴があったら隠れたいとはこのことだ、と思いながら武市を見返した。

「とりあえず帰ろう。今晩は、なんというか、いろいろ付き合ってもらうぞ」

 狭量で悪かったな、と悪態を吐くように言った武市に、田中は真っ赤になって首を横に振った。




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先生と田中君が双方嫉妬する話が書きたかったというアレ。
2022/3/2
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