甘味


 なんというか、カルデアは非常に不思議なところだ。茨木が自分に宛がわれた部屋に上がり込んでいる。こちらは、というとマスターが理由は知れないが大量にくれた菓子類を食べていたところで、それをどこからか聞きつけた茨木が来た、というところだった。なんと言ってたかな、「食べさせてみたい!」とかなんとか。好奇心はいいことだと思うが、俺に食わせて何になるのだろう?

「食べるか?」

 じっとこちらを見ていた彼女に、俺は思わず言った。そうして食べていたそのマスターにもらった現代の菓子と彼女を見比べる。そういえば、彼女は甘いものに目がなかったな、などと思いながら。ああ、そうだ。それを聞きつけてきたのだから、じっと見ているのに黙っていた俺は性根がだいぶ良くないようだ。

「べ、別に食べたくて見ていたわけではない!」

 そう言ってフイっと目線をそらしたのがおかしくて、ケーキ、と言ったか、それを一口切り分ける。他にもクッキーだとかいろいろもらっていたから、幸いなことにそれにはまだ口を付けていなかったから、と思い差し出したら、横顔でも分かる真っ赤な顔の茨木はちょっとだけこちらを見た。

「汝が食べぬのなら、食べてやってもいい」
「素直でないな」

 そう言って、もう一度差し出す。そうしたら、彼女はどこか恥ずかし気に、ぱくりとそれを食べた。

「甘い」
「好きだろう」

 笑って言ったら、赤面して言われた。

「汝が食べぬから食べてやっただけだ!」

 そう言いながら、彼女は匙を奪い取り、もぐもぐとケーキを食べ始める。一度手を出してしまえば羞恥やら言い出せぬことやらはどうでも良くなったらしい。
 不思議な感覚だ。彼女とこうして二人、なんの諍いもなく部屋にいる。いつかあったかもしれない記憶のような、そうではないような。いや、そうではないな。このカルデア、という特殊な空間が生んだ産物だろう。
 それが嫌な訳ではない。むしろ、心地好いとさえ思う。

「美味いか?」
「あれだな、これは赤い弓兵ではなくブーディカだ。分かるぞ」

 甘みが強い!と茨木は言った。ということは美味いのだろう。俺はそこまで甘いものが好き、という訳ではないから、このクッキーとやらのあまり糖類が含まれぬ感じが好みなのだが、と思った。

「そうも甘いか」
「菓子というのは甘くなければ美味くない!」

 きっぱりと言った彼女がどこか可笑しくて微笑ましい。穏やかだ、と思ったら妙に気持ちが和んだ。こうして菓子を食べ、美味いと言い、笑う。それがどうしようもなく、嬉しい。

「いいものだな」
「汝は甘いものを食さぬからこの世の大半を損しているぞ?」
「この世とは大きく出たな」

 茨木の言葉に苦笑して、それでもそうまで言うか、とふと思う。確かに甘味は控えめの方が好きだが、と。悪戯心などもうどこか遠くに置き去りにしたと思ったのに、楽しそうに、嬉しそうにそれを食べる彼女を見ていたら、どうにも童心に帰ったような心持になった。

「だいたい綱は……っ!?」
「ああ、確かに甘いな。俺には甘すぎる」
「な、な、な!?」
「いやなに、今生を損しているとまで言われたので試しにもらったのだが?」
「つ、綱ぁぁぁ!!」

 彼女の唇から拝借したその甘味は、やはり俺には甘すぎた。




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こんな二人って見られるのかなと思いつつ。綱さんも素直になればいいのにというのと甘味を食べられないってトラウマの可能性あるよなぁ…

2021/2/14
2022/5/14 掲載