金烏玉兎
「晴明?ンンン、名を聞くのも煩わしいほど嫌いですが?」
ふと嫌いなもの、と言うから安倍晴明の名前を出してみたら、道満はそうあっさりと答えたけれど、私にはそれがよく分からない。彼が嫌いなのは、安倍晴明なのだろうか?ではなぜ?
「ああ、そうでしたね。我が主はよく拙僧のことをご存知でない。まあ平安京の特異点であったことはよくご存じでしょうが」
言われて少し身構える。そうだ、この道満、キャスターリンボは、アルターエゴのまま、なぜかカルデアに来たのだ、ということを私はよく忘れてしまうが、警戒しなければならないサーヴァントだということを忘れてはいけないのだった、と。
「ああ、そう身構えるものではない。拙僧は『今は』マスターのサーヴァントですゆえ」
そうして、その言葉に余計に神経を張り詰めた私に、昔話をいたしましょうか、と彼は言った。
*
拙僧は道摩法師とも蘆屋道満とも言われております。僧伽の姿であったと申し上げましたね?その通り。そうして、安倍晴明の命を付け狙い、その法術のすべてを奪わんとした悪逆非道の陰陽法師……ンンンンン!自分で申し上げてもなんとも言えぬこの肩書!
しかしながら、拙僧が晴明の法術すべてを欲したのはまた間違いようもなく、そうして奪いきれなかったのも間違いなく!故に憎んでおります、嫌っております。
何故、と申されるか。それも通りというもの!彼奴の法術はまさしく、まさしく永久の命を、或いは世界の真理にたどり着いたものでございました。
掠め取ろうとせずに自分でやればよかったのでしょうが、拙僧は掠め取らんとせずにはいられなかった。
ああ、そうです。相応しくない!あの男には、いいえ、人間には相応しくないと思ったのでございます。
拙僧もまた人間でした。しかしヒトというものに興味がなかった。あの男はヒトの身のまま叡智の粋を窮めんとした。それは拙僧には耐えがたい屈辱だった。
それはニンゲンという種の敗北であり、ニンゲンにはあまりにも相応しくないと思った!
それゆえでしょう。拙僧は「人類悪」などというものになれなかった。拙僧が愛していたのは人間などではないからです。人類などどうでも良かった。
ただその叡智は、正しい場所に、正しい者の手にあるべきだとしか思えなかった!
それゆえに
*
そこまで語って、道満はその長い爪で私の顎を持ち上げて顔を上げさせた。真っ黒な、吸い込まれそうな瞳と目が合う。
「貴女にならば授けても良いと思っている」
「……え?」
「拙僧は気が付きまして、この召喚に応じました」
何を言っているの?平安京であったあの聖杯戦争のような、そうしてこの道満が、リンボが、ビーストになり切らなかったそこであったことをなぜかぼんやりと思い出した。なぜだろう、なぜ、アルターエゴのまま、ここに来たのだろうと、今更のように。
「拙僧は、貴女なら愛せると気が付いてしまった!」
何を、言って?
「ああ、そうです!貴女は既にヒトではない!人理のためのただの歯車でしかない!ああ、もう感情も感覚もすべて捨てきった、そうして時さえ止まったのだと!」
その言葉につうと冷たい汗が背中を伝った。
わたし、は……
「ああ、今お幾つですか?貴女は本当に人だと言えますか?言えはしないでしょうとも!気が付いてしまった、その業の深きに!ただの魔術回路、と言いましたか?私からすれば法術の基盤でしかない、それが貴女だ!」
やめて、わたしは、ちがう、まだ、せかいの、ために……
「私はヒトを愛せませんでした。故に人類悪に、ビーストになれなかったというなら、それも道理でしょうとも。しかしながら」
そこで道満は笑って、持ち上げた私の顔を上向けて、そうして冷たく体温の感じられない唇を私のそれに重ねた。
「もはやヒトではない、玩具ならば愛せると気が付いたからここに来たのです。ああ、我が法術のすべて、貴女に差し上げましょうとも」
その陰陽師はそう言って笑った。
私は、まだ。
そう反駁しようとしたところで私の視界を大きな手がふさぎ、そうして視界がぐらりと暗転した。
「おやすみなさいませ、マイマスター」
そんな声が、聞こえた気がした。
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道満がなぜ人類悪になれなかったか、真面目に考えるとわりとアレな問題を大いにはらんでいるような気がしますよね。
2021/9/13
2022/5/6 サイト掲載