殺し文句

「今日は肉が安かったので」

 帰ってみたら先に帰っていた田中君にそう言われた。

「なんというか」
「はい?」

 当たり前のように彼が夕飯を作って待っていてくれる日常というものに未だに慣れない。未だにコンビニに寄りそうになる。

「その、私は料理が出来ないから」
「はい?」

 もう一度不思議そうに尋ねられる。それもそうか、と思いながら自分の生活能力の無さに思い至って何とはなしに使われていなかったキッチンを覗き込んだ。

「肉じゃがですが、お嫌いですか?」
「いや、好きだよ」
「……良かったです……」

 微妙な間は恥ずかしがっているのだと分かる程度には付き合いがある。スーツを脱いで片付けてこなければ、と思いながら、同棲するに至ったそれを思い返した。





『食事?コンビニだが』
『毎食ですか?』
『ああ、料理が苦手で』





 そんな会話の末、恋人である田中君と同棲することになったわけだが、我ながら同棲の理由が情けない。そう思って一度キッチンに立ってみたことがあるが何故か全力で止められた。
 曰く、「包丁を持たないでください!」「レンジとオーブンは別物です!」ということだったが、どちらも私が認知できないということは正論なのだろう、と思ってそれ以来食事作りは彼に任せきりになっている。

「どうしたものかなあ」

 部屋に戻ってスーツを片付けながらぼんやり呟く。依存度合いが情けない、などと思っていたら、キッチンの方から夕飯が出来たと呼ぶ声がした。

「今行く」

 さて、いろいろと情けないな、本当に。





「などということを考えていた」

 夕食として田中君が作ってくれていた肉じゃがと副菜、スープを食べてから、帰りに買ってきたケーキを冷蔵庫から出して先程考えていたことを言ってみれば、不思議そうな顔の田中君がさくりとケーキにフォークを刺した。
 ちなみにケーキは私の趣味だ。趣味というか好みというか、甘いものが好きなために買って帰ることがあるが、これについても『それなら尚更バランスのいい食事を摂ってください』と言われてしまった。情けない。

「別段、困っていませんが……」
「うん、君が困っていないのは分かるし私も助かっているんだが、その、申し訳ないというか」

 そう言ったらきょとんとした顔の田中君に言われた。

「先生以外には別段作りませんが?」

 当たり前のことのように言われて面喰う。いや、恋人なんだが、その、ここまで来ると何というか、だ。

「私でいいのか?」

 だからつい余計なことを訊いてみれば、田中君は笑ってくれた。

「先生以外には作らんと言いました。先生でないと困ります」
「……君は」
「はい?」

 容易く殺し文句を言うから困る。




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2022/3/12

サイト用に書いてみたもの。現パロで料理が滅茶苦茶に下手な先生を考えていた。
田中君はいい奥さんだと思う(誤解を生む発言)