おわり

「え、マスターちゃん、馬鹿っ八、連れてきちゃったの?」
「いや、ていうかぐだぐだ時空だったから、蛍ちゃんはこう、チケットがね」
「いや、チケットで英霊の遣り取りはどうかと沖田さんも思うのでした」
「いや、だからね! 景虎さんもいつの間にかルーラーと両方になってたし、景虎さんに晴信さんが着いてきて、結果的に永倉さんも着たというか!」
「うーわ、自分で言いたくないけど相変わらずのガバ時空で引くんじゃが? 今のカルデアの状況とか考えなくていいの? ねえいいの?」
「大殿ー、やめてやれー」

 そんな賑やかな場所と声に、医務室でのバイタルチェック、と言ったか? 特殊な召喚方法だから興味があると希臘の医者に捕まって時間が掛かったそこからやっと抜け出して、歩いていけば、驚いたような面々に顔を向けられた。

「あ、永倉さん、カルデアでもよろしくお願いします!」
「おーう、ずいぶん揃ってんなぁ」
「あのさぁ、武田さんとか軍神様はいいとして、これ戦力になる? ねえならないよね? レモンゼリーにしよう!」

 明らかに嫌味か馬鹿にしていると分かるそれを言ったのは斎藤だった。斎藤だったと分かるから、ホッとした。

「そうだな、俺のせいだ」
「え?」

 不思議そうに振り返ったマスターと呼ばれる少年と、面白いように狼狽えて固まった斎藤。


 ああそうだ。俺のせいだ。
 俺のせいにしていいから、愛したかった。
 愛されたかった。


 望むまでもなく、おまえは何もなくても俺を愛してくれたのに、俺は最後までおまえに何かを求めた。
 求めて、等価でその愛を買い取ろうとした。

「あー、なんか疲れたから、部屋? あるんだろ? どこだ? 案内しろよ、斎藤」
「お、名指し。人斬りサークル仲良しじゃのう」

 固まったままの斎藤に、最後のように、縋るように、投げかける。

「沖田でも、山南先生でも土方でも別にいいんだが」
 それに斎藤はやっと動き出して、手を掴まれた。
「こっちだ、馬鹿。みんなの手を煩わせるな」

 そう、言い訳のように叫んで。





「ここがおまえの部屋。でも魔力消費とかあるからなるべく節約して。施設については明日……ッ!?」
「ガラ空きだぜ、無敵のはじめちゃん?」

 部屋を案内されて、そのままそれをぼんやり聴きながら、これで終わりと言うように寝台に座った斎藤を押し倒す。

「新八……?」
「なあ、ここで死んでくれよ」

 首を絞めて、息を止める。
 手に力を籠めて、細い首を絞める。
 息遣いを感じる喉仏を潰すように。
 そうした手に、震えるようなか細い息遣いがして、それからゆっくりと手を重ねられた。

『いいぜ』

 唇がそう動いて、それから斎藤は緩く笑った。どうしようもなく嬉しそうに。
 どうしようもなく、楽しそうに。

『ご、め、ん』

 唇がそう動いて、手の体温が重なって、気が付いたら泣いていた。泣いたせいで、彼を殺そうとした手から力が抜けた。

「ご、め、ん」
「しゃべんな」
「ごめん、だって、全部、新八のせいにしようとして、新八のせいにしたら、新八がいっつもいてくれたから、あの日も」
「いいんだよ! あん時も、なんで『新八のせいだ』って言って土方と近藤さんのこと捨てなかったんだよ! 馬鹿野郎!」

 それは理不尽な慟哭。

「だって、そんなことまで新八のせいにしたら、新八、怒るだろ」
「怒るワケないだろ!なんで俺が、おまえのせいで怒るんだよ!」

 無駄に背が高くて、そのくせに細い体を抱き留めて、叫んだ。あの日言えなかった。
 あの日気が付いてしまった。あの日、彼が一緒に来なかったとき。
 あの日、板橋で彼が頷いたとき。
 ああそうか。斎藤は最後の責任まで俺のせいにはしてくれなかったんだと。


 なんて残酷で、なんて悲しくて、なんて優しくて、なんて……愛おしい。


「なあ、首絞めて、息止めて、そうしたら、僕のこと」

 もっと深く、もっと強く、もっとおぞましく、もっと、美しく。

「好きになってくれる?」
「ちがう」
「え?」
「好きだから、愛しているから、もう何も、要らないから」

 求めないわけではない。
 その身体が欲しい、そのすべてが欲しい。
 愛されたい。愛したい。

「分からなかった、おまえが何を望んでいたか。気づいた時にはもう遅かった。俺は、おまえを助けるためにやったなんて、全部嘘だ」

 抱き締めて、呟いたら、その細い身体の体温がいつかのように融けた。

「助かってた、ずっと。新八がいたから、何とかなった、だから紛い物でも良かったのに、僕さ、結局欲出して」
「違う、だから、ずっと」

 欲を出したのは俺の方で、そのくせ何も返せないと喚いて。

「何も要らない、返せない。だけれど愛してもいいなら、今度こそ」

 今度こそ、なんだろう。愛する? 違う。

「今度こそ、離さない」

 愛することはもう遠い。
 その首を絞めるように噛み付いて。
 その息を止めるように口付けて。

「い、き……苦しい……すき」

 最後にその舌先を噛めば、いつかのように斎藤は笑った。相変わらずこの軽い痛みとかゆみのようなそれが好きなのは変わらないままに。


「もっと苦しめて、もっと痛めつけて、もっと」


 あいして

 と耳許で言われて、抱き締める手に力を籠めた。

「待たせたな」
「ずっと、ずっと」

 待っていたと彼は言った。
 ああやっと、手に入る。


 首を絞めて、息を止めて。
 もうおまえに行き場所はない。生き場所はない。
 俺の手の中以外には。


首を絞めて息を止めて






2024/3/25


後書