クリスマス

「恋人たちの」と接頭語がつくその行事に、どこか面映い気がした。

「バレンタインだろうに、そういうのは」

自分でもどうかと思ったが、口をついて出たのは、どうにも逆様というか、今日、出掛ける約束をした彼は、そう思ってくれているだろうか、という少しばかりの焦りからくるものか。
そんなことを考えて、時計を見やる。もう出なければ。





「先生、こちらです」

待ち合わせ場所に決めたそこで、コート姿の田中君が手を振っていた。しまった。寒空の下、待たせる形になった。もっと早く出るべきだったな、などと思っていると、コートのポケットから取り出した缶コーヒーを渡される。

「寒いですから。缶で申し訳ないですが」

笑った彼から手渡されたそれはまだ熱いくらいに温まっていて、これではどちらが、と思ってから、ふと思い出す。

「田中君」
「はい?」

不思議そうに首を傾げた彼は、やはり気が付いていないようだし、それがどうにも焦りにも似た感情をもたらすから、私はそれを誤魔化すように笑って言ってみた。

「今日くらい『先生』はやめてくれないか」
「え?」
「『恋人たちの』クリスマス、らしいからな」

そう言えば、彼は夜目にも分かる程真っ赤のなってあたふたとしだすから、私の中の焦りのような、悋気のような感情は、面白いほど簡単に溶けていった。

「だからこれは君の分」

ガコン、と近くの自販機からホットのコーヒーを買って彼にも渡す。ピタリ、とその赤い頬に当ててみせれば、驚いたように彼は目を丸くした。

「ありがとうございます……武市さん」

消え入りそうな声で私の名を呼んだ彼に満足して、その手を取る。ゆっくりと握り返してくれた大きな手を携えて、イルミネーションに彩られた夜道を歩く。
夜はまだ長い。
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クリスマスも恋人の行事みたいになってるよねって思って先生にいろいろさせたかったのと田中君が恥ずかしがるのは可愛いよねって。
2022/12/24
2022/3/10 サイト移管