目出度い


「愛しておりますよ」

 カツン、と長い爪が髑髏を撫でる。興味がなさそうに、どこか、何かを憂えるように。

「髑髏、されこうべ。一級品の呪物と思いますがね、それにしても」

 カツン、カツンと道満はその白い骨を撫でた。

「拙僧にはどうにも分からない」
「何が」

 反駁するように問う。何が、か。自分で言ってもどこか可笑しい言葉のように思えるそれに、道満は笑った。

「何、ナニ。そうさな」

 彼は笑った。

「逃げよと言えば、貴女は逃げますか?」
「……逃げない」
「ほら、そうでしょう」

 可笑し気に笑って、彼は髑髏を撫でた。白い骨、されこうべ。

「目出度い、目出度い。目が出ればされこうべになりましょう」

 ちっとも目出度くないその骨を目出度いと笑って、彼は続ける

。 「何故逃げぬ?セカイなどどうでも良かろうて」

 カツンと撫でた髑髏を置いて、その爪で彼は私の顎を掬った。

「本心より我が愛を受け入れるというのなら、このような場所、捨ててしまえばよろしかろう」
「道満は、それでいいの?」
「いいえ、ちっとも」

 だが、と彼は続けた。

「面白くないと思いました。正直に申し上げる。貴女は行くと言った。私と行くと。それは我が愛に応じたのだと知っている。だが、貴女には世界があった。私は世界を愛してなどいなかった」

 そうして道満は退屈そうに欠伸をした。それが本当に退屈なのではないと知っていた。

「目出度い、目出度い。貴女は儂を捉えてみせた」
「……え?」

 そう言って、彼は髑髏に一瞥をくれて、それから私の顔を引き寄せて口づけた。柔らかくて、思うよりも温かな唇がゆっくりと触れて、目を見開けばそこには黒曜の瞳があった。

「私は世界程優しくないという意味です」
「何、言って?」
「逃がしませぬ、どうあっても。貴女が仮に世界を救おうとも、貴女を逃がすことなどありはせぬ」
「道満?」
「我が愛を、我が求婚を受け入れた魔術師よ。そなたの全てを、髑髏になるまで愛でたく、目出度く」

 ふわりと大きな手が髪を撫でた。ああ、そうか。私は。

「引き返す気なんてないよ」
「引き返せるなどと思っておりません」

 私は貴女を捕まえた、とその陰陽師は笑った。
 本当に捕まえたのは、捉えたのはどちらだろうとその髑髏をぼんやりと見つめる。

「目出度い、真に」

 彼の長い爪が私の喉元に触れた。

「私は世界を愛せない。ですが、貴女を愛しましょう」

 そう言って道満はふと笑った。

「貴女の全てが朽ちるまで」

 目出度や、愛でたや、と大切な玩具を愛でるように、彼は私をゆるりと撫でた。
 髑髏から零れ落ちた双眸があった空洞が、私たちを見つめていた。




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リンぐだ♀ 第49回お題『求婚』『髑髏』です。素敵なタグとアカウント様を拝見して書いてみたいなあと思って書きました。リンぐだ子のドロライ一周年の時にお見かけして。すごいですね、一年……。リンボこういう感じで気怠そうなくせに本気だと思う。

2022/4/27
2022/5/6 サイト掲載