涙
好いている、という感情は子供の時分にはまだ分からなくて、それが情愛であったのか思慕であったのか分からぬうちに、その方は狂を発したとか、身籠ったとか、いろいろなこと噂のままに屋敷に引きこもられた。
だけれど、俺にはその方が狂を発したようには思えず、またその方が娘御に厳しく接する姿はやはり高貴な身分を感じさせ、だから毬を抱えて泣いているその娘御になんと声を掛けていいのか分からなかったのが本音だ。
『泣いているのか』
『見て分かりませぬか。母上が』
『母御前はそういうわけでは』
『慰めなど要らぬ。私がいけないのです』
娘御はいつもそう言って小走りに去っていったのを覚えている。
*
「泣いているのか」
「どこを見たら泣いているように見える」
節穴か?と茨木に言われた。カルデアの一角、ふと掛けた言葉は確かにどこか可笑しかった。
「吾が泣くなどあり得ぬ」
「それも、そうだな」
俺はどこか悲しくなって、どこか苦しくなってそう答えた。
ああ、その呆れたような、それでいてどこか冷たい微笑みは、あの方によく似ている。
お前が奪い去った、あの方に。
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綱さんが好きなのは結局誰なんだろうね。
2021/5/20
2022/5/14 掲載