終わりの光景
『比丘尼、少し休まれては』
『いえ、大丈夫ですよ道摩法師。次に行きましょう』
そう鈴を転がすように言って、それは比丘尼は血を吐いた。それは椿の花弁に変わり、白銀の雪の上に紅く美しく散った。
『この身は保たぬか』
『そのようなことは』
『道摩法師、いえ、道満。お前はここで終わりです。私は次に行きます』
言葉に愕然とする。それはつまり、その永遠の命を一度終わらせ、そうしてまた輪廻するとも違う、新たな永遠を手に入れるのだ。そうして、そこに拙僧は要らぬとこの方は言うのだ。
『比丘尼……』
『愛していましたよ、道満。私は生きとし生ける全てを愛した。しかし世界を愛するあまり人を愛せなかかった。貴方は、人を愛しなさい』
もうゆきます、と言って、比丘尼は紅い椿の花弁を、自らが零した血を踏みつけて、歩き出し、そうして一度だけ振り返った。
『ヒトを愛せぬが、貴方のことは、愛していましたよ』
きっと、と笑って、崩れ落ちそうな足取りで、その方は行ってしまった。
*
「サーヴァントは夢を見ないと思っていましたが」
ぽつりとつぶやく。嫌な目覚めだ。あの方と別れた時のことを夢に見るなど。
そう思ったら、拙僧の足は自然と我が主の部屋に向かっていた。
*
「リンボー!いつ入ったの!?」
「お帰りなさいませ」
「いっつも思うけど勝手に部屋入らないでって言っても聞かないよね、リンボは」
はあっとマスターにため息をつかれましたがまあいつものことですし、と思って笑うと、マスターがふとこちらを見て不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?元気ない?」
ああ、どうして分かるのです。あなたはやはり、あの方に似ている。
体が、魂が、ぼろぼろになりながら、自らを罰しながら、それでも歩み続け、誰かに定められた運命で世界を救おうとする。
「夢を見ました。世界を救う者の、末路の夢を」
「りん、ぼ、まって」
そう言われたが、マスターを寝台に投げ入れ、首に手を掛ける。指を絡ませ、ゆっくりとその首を絞める。
「カハッ」
ああ、生きている。この方はまだ生きている。
世界を救うという、全てを押し付けられ、小さな霊脈を辿って、世界を幾度も滅ぼして、世界を救わんとしている。
それを望んだと信じている。信じざるを得ないだけだと拙僧は知っております。
貴女は、このようなことのために生きてる訳ではないのに。これしかもう、残っていない。
ああ、確かに儂は異星の神に仕えたアルターエゴ。
しかし儂は道摩法師、蘆屋道満。
「苦しいですか?」
「くる、しい、やめ、てっ!」
ああ、生きている。ああ、あなたはまだ闘うのか。なればここで縊り殺してしまえば、きっと楽になるだろうに。
それでもあなたは立ち上がるだろうとなぜか思った。
「失礼を」
するりと首に絡めた指を離して笑いかければ、彼女はそれでも拙僧を真っすぐに見た。
「本当に、殺してほしい時は、ちゃんと頼むから。待ってて」
その言葉にどくりと心の臓が跳ねる。
「逃げたくなったら、来てくれる?」
言葉に拙僧は薄く笑った。今度こそ、どこまでも共に歩みましょうとも。
「もちろん、マイマスター」
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サーヴァントは夢を見ない。道満は優しさゆえにぐだを殺そうとするというか実際殺してくれると思う。だから人類悪になれない。ならない。
2021/8/29
2022/5/6 サイト掲載