すき

 ずっと好きだった。
 単純に惚れていた。いや、今も惚れてるけども。

「斎藤、飯」
「待て、あと一行……」

 カタカタとキーボードを打つ斎藤に声を掛けたが、聞こえていない訳ではないが、必死なのはギリギリなのか。在宅で出来て、かつ名前も誤魔化せる、とかなんとか言ってはいるが、割としっかりしているのはコイツの性格ゆえか。
 斎藤一は俺の幼馴染だ。今は番というか、パートナーで同棲しているオメガの男。オメガだのなんだの分かる前から、家が近所で、5歳下のクソガキというか、幼馴染だった。
 俺は斎藤よりも早く、検査でアルファだと分かり、何だかんだと利用されるのも面倒で、ついでに実家が太いとまでは言わないが、土木建築系は今の時代でも軽く食っていけるし、アルファならなおさら、世襲だなんだと言われることもなくすんなり大学出た辺りで社長になれて(親父が会長だからそれなりに、未だに金もらって自由に生きている感はある)、まあまあ平和で融通の利く生活をしていた。
 斎藤が中学生の頃、俺は高校だったか、大学だったか、その辺りで、斎藤がオメガだと分かり、何だかんだ大人共が騒いでいるのが目障りだった。俺がアルファだと分かって騒がれた時のような面倒さ、目障りさ。
 そうして何より、首輪をつけてボロボロ泣いている斎藤が、何よりも気に掛かって、助けられない自分が、何よりも目障りだった。

「明日じゃ駄目なのか?」
「筆、乗らなくなる」

 そう言いながら相変わらず液晶画面とキーボードに集中している斎藤に溜息をついて、仕方がないから出来ていた夕飯にラップをかけて、いろいろ考えたが秋冬でもな、と思い冷蔵庫に入れる。自分一人で食って、アイツには後から食わせてもいいんだが、何だかんだねちねち言ってくるし、何より俺が嫌だ。


『斎藤がそれでなんかあんの?斎藤は斎藤だろうが』


 そう言って泣いている斎藤の頭を撫でたら、驚いたように彼はその頭を上げて、視線を合わせた。

『しんぱち、は、みすて、ない?』
『俺、嘘つけないし』

 嘘、嘘なぁ……確かに嘘はついてない。それ以前から、自分がアルファだと分かっていても、どんどん馬鹿だ馬鹿だと言ってきて、利用する気もなければただの年下のクソガキだと思いながらも、斎藤を気に入っていたのは間違いないんだが。気に入っていた、というよりかは、惚れていた、というやつだろう。
 だから、彼がオメガだと分かった時、それが俺の番になるモノだ、と思ったのには辟易した。俺はそんな理由で斎藤に接してきたワケじゃない、と。
 そういうこともあって、斎藤は本気で落ち込むわ、こっちも本気で自分自身の性に辟易するわ、という感じだったが、何だかんだ斎藤は懐いたままで、俺も悪くはないと思っているうちに、斎藤はもともと頭が良い方だと思っていたが、作家として何とかなり、それから逃げるように一人暮らしを始めたから、何だかんだと心配になったのはあった。
 セキュリティやらなにやらは真っ当な部屋だったが、俺は何というか、アイツの三カ月に一度のヒートの周期を把握していたから、その一週間に合わせて、その後の何も出来ないような間の世話を焼いていた。

「性格悪……最悪だろ」

 世話を焼いていた?違うだろう、と今は思う。確かに心配で、確かにアイツは薬の過剰摂取もするし、自己肯定感らしきものが微塵もないし、心配だったのはそうだが、本当のところはそんなのただの言い訳みたいなもんだった。
 本当は、そんなもん関係ないと思いながら、俺のモノにしたいなんて気持ちを抑えつけながら、斎藤に初めてヒートが来た時の甘い香りが忘れられなくて、どうしても手元に置いておきたかっただけのくせに。

「そんなの、初めから斎藤のこと俺のモノだって言ってたみたいなもんじゃねぇかよ」

 性格悪い、自分で考えても。と思ってからカレンダーに目をやって気が付く。斎藤は「筆が乗らなくなる」どうこう言っていたが、予定通りなら明日からヒートだ。本人が覚えているかどうかは分からんが、本能的に仕事を終わらせたいんだろうし、と思ったら、思わず溜息が出た。





「わり……終わった」

 夜の10時。リビングで適当に本を読んでいたら、申し訳なさそうな斎藤が入ってくる。コイツと番になってから越してきたマンションは、俺の持ち物だし、本当なら戸建てが良かったがそんな贅沢は出来ないと全力で首を横に振られて、仕方ないからセキュリティやら部屋数やらが満足いく物件を自分の持ち物から出したから、まあそれなりにマトモというかまあ俺のだし、と思いながら斎藤を見る。

「おつかれさん。なんか飲むか?食うのはさすがに身体によくねぇ」
「あ、の……」

 そう言ったら斎藤が困ったように下を向くから、座っていたソファの隣をトントンと示したら、おずおずと歩いてきた斎藤がそこに座る。

「新八は、飯、食った?」
「俺?別におまえと一緒じゃないしいいかなー、って」
「あ、の……すまん……」
「別段謝ることじゃないだろ」

 そう言って珍しい青色の髪を撫でたら、さらに困ったように斎藤は言った。

「あ、のさ……」
「……あー、もう!そういう顔すんな!」
「ひうっ!?」

 驚いたように肩を跳ねさせた斎藤の腰を掴んで、そのまま口付ける。ああ、もう。番になる前から知ってたし、こんな周期。だから俺も嫌になるが、もっとアレなのは……

「番になったのに遠慮してんな、アホ」
「あ……う、ん……」
「別に、おまえと契ったのは性欲処理の道具にしたいからじゃねぇって何回言ったら分かるんだ、おまえは」

 直截に言ってしまえば、斎藤の顔に朱が昇る。

「少しは頼れ」
「ご、めん……」
「謝んな!」

 そう言って斎藤の軽い身体を抱きかかえる。
 なんかもう、どうでもいい。明日からヒートだから、とか、既に半分以上発情期に入りかけてるから、とか、俺がアルファだから斎藤がほしいと思ったとか、そういうの全部、全部。

「全部無しだ。せっかく番になったのに、いまさら」
「いまさら……?」
「だけどな」

 トサッと寝室のベッドに下して、それからもう一度軽く口付ける。そうだ、俺はそんなことで斎藤が好きになったわけじゃない。
 本当に、ただ斎藤に惚れてるだけだ。だからあの日も言った。今も言える。

「お前の意思に反したことは絶対にしない。おまえが嫌なら絶対やらない。アルファだのオメガだの、そういうのは嫌なんだよ、俺も」

 そう言ったら、泣き出しそうな顔の斎藤がじっとこちらを見詰めて、それからついばむように口付けてきた。

「心配かけて、ごめん」
「……おう」
「して?」

 惚れた相手に上気した顔で誘われて、耐えられるほどの理性は残っちゃいないが。





「新八、やだ、それ、やめ、て……にゃうっ!」
「可愛い」
「ふぁっ、あっ、やら、むね、やらっ、うぁっ!」

 どこか柔らかい胸を丹念に弄る。最初の頃は違和感があったらしいが、今はもう軽く触れただけで顔が蕩けてくるんだから、本当にコイツは……。

「淫乱」
「新八が、へんたい、な、だけ!」
「あ?」
「ひうっ!らめ、かま、ないで!あっうあっ!」
「少し痛い方が好きだろうが」

 そう容赦なく言って軽く突起を噛めば、びくびくと斎藤の身体が跳ねた。可愛い、本当に。フェロモンがどうこうあるらしいが、番の俺しか感じなくなったらしいが、そんなことどうでもいい。単純に可愛い。

「やら、むね、いくっ……」
「イっとけ。苦しいだろ」

 もう何が何だか分かっていないような斎藤にそう声を掛ければ、さらに身体が震えて、どろりとした感触がシーツの下の方にした。
 俺に弄られて愛液を零す斎藤が可愛くて、守ってやりたくて、そうしてもう逃がしたくなくて。

「あ、の……」
「大丈夫だから、そんな顔すんな」
「ふぇ……?」

 泣きそうな顔の斎藤は、未だに快楽に慣れなくて、そうしていつも申し訳なさそうに泣きそうな顔をするが、それがどうにも嫌で、その一方でどうにもそそって、どうしようもない。

「挿れてもいいか?それとも寝るか?」

 そうは言っても、何度でも言うが、コイツの意思に反したことは絶対にしたくない。こうやって胸を弄ってイって満足したなら、先程まで仕事をしていたわけで、疲れてもいるだろうし、そのまま寝てもいいと思って声を掛けてみれば、へにゃりと蕩けた顔に戻った斎藤に言われた。

「なまえ」
「ん?」
「なまえ、よんで、くれたら、いれても、いい」
「っ……おーまーえーはー!」

 今更こんな場所で煽るな!と思いながら、軽くぺしぺしと頬を叩いたら、蕩けた顔のままで斎藤は言う。

「新八のこと、ばっかりおれが、呼んでると、ふこうへい」
「……どこでそういう煽り文句覚えてくるんだ……分かったよ、はじめ」

 あんまり慣れないから恥ずかしいんだが、と思いながらそう呼べば、斎藤……はじめに抱きすくめられる。もうやめろ、と思いながらも、こっちも限界で、そのまま彼のぬかるんだ胎内に性器を挿れた。

「ひあっ!?しんぱち、の、あっ、やら、うあっ!」
「やだ、じゃないだろ、はじめ」
「ひうっ、おく、おく、やらっあっ、うぁっ!」

 どちゅ、と卑猥な音がして、最奥まで暴いてやれば、むずかるようにしたはじめが必死に目を閉じながら喘ぐから、その頭を軽く撫でる。

「嫌、じゃないだろ」
「あっ、やっ、すき、すきらから、もっ、あっ……!」
「イっていいぞ、別に」
「ひぁっ、やっ!」
「っ……」

 そう声を掛けたら、胎内が締まって、はじめがイったことが分かった。搾り取られるようなそれに、こちらもそろそろ限界だ、と思いながらも奥を弄っていれば、何度も訪れる快楽の波に悲鳴のような甘い喘ぎ声がする。

「あああっ、もっ、ふぁっ、イきたく、にゃいっ、やら、あっ!」
「嘘つくな、はじめ?」
「にゃうっ、うそ、イき、たい、もっと、もっと、ちょうらい、も」

 切れ切れに鳴いたはじめに、こっちも限界でその奥に精液を吐き出したら、受け止めるようにまたはじめの胎内が締まって、そのままはじめはぱたりと腕をベッドに落とした。

「疲れてたならそう言えや」


 まあ、無理させたのはこっちかもしれないが。
 そう思いながら適当に性器を抜いて、裸のままスマホを弄る。明日から一週間、俺は休みだ、と秘書に適当にメールを入れて、そのままスマホの電源を落とし、はじめを抱えて俺も眠ることにした。





「斎藤、朝飯」

 そう、昨晩のこともあったしと思いながら寝室に彼を起こしに行けば、斎藤はてしてしと俺が寝ていた場所を検分していた。可愛い。

「あ、新八、いないから……」

 真っ赤になってそう言った斎藤の額を軽く撫でて、言う。

「飯。昨日食ってないしヒートだからちゃんと食え。俺も休みだから」
「あの……」

 とはいえ、昨晩やったからだいぶ落ち着いている斎藤が、赤い顔のままこちらを見て言う。

「なまえ……」
「ん?」
「もう呼んでくれねぇの?」

 ……こんの馬鹿、朝から犯したくなるだろうが。

「そんなに朝からヤリてぇのか、はじめ」

 真っ赤な顔の自分の番に、俺はそう声を掛ける。真っ赤なままで抱き着いてきた斎藤……はじめに思った。
 やっぱり、アルファとオメガの運命だの番だの、そんなもんどうでもいい。

「好きだ。惚れてんだよ」