冷たい

 どうして、という言葉は形にならなかった。
 形にすることを許されなかった。
 彼の死が、私たちの利益なのだと振る舞うこと以外を許されなかった。

「詭弁だな」

 そう思ってから小さく呟く。やったのは私ではないか。許されなかったなどと、また。

「誰かの所為にするのか、私は」

 彼の死すらも、誰かの所為にするのだろうか、私は?

「田中君の所為ではないんだ」

 言い訳のように呟いた。君の死が、君の所為であるはずがない。
 ただ、それは私の所為なのだという、私が君を殺したのだという現実から、逃げようとした私は。
 国のため?未来のために?
 そのためなら誰かの死すらも厭わない……違う。
 誰かの死すらも、自分の意思から離れたことのように考えようとする私は。

「弱いな」

 ぼんやりと呟いた。弱さなど、一欠片も持ち合わせていなかった志士を思い出しながら。





「先生は弱くなどありませんよ」
 カルデアという奇妙な場所で、三度目の再会をした田中君が笑った。あの特異点の記憶と記録は座にきっちりと刻まれていて、私はそれを他人事のように捉えることは出来なかった。

 あまりにも同じではないか、と。

 あの日、あの時、彼に死を選ばせたそれと、同じ事ではないかと思った。

「弱いさ、とても」

 その弱さ故に、彼の命を踏み台にして、それでも何も叶えられなかった私は。君に「先生」、などと呼ばれることを本当は許されない私は。


 それでも君が隣にいることに安堵している私は。


「本当に先生が弱いのならば、本当に卑怯なのならば、あなたは私の前に現れなかった」
「……は?」

 ぽつり、と田中君が言った。言葉の意味が私には上手く捉えられなかった。
 私は本当に弱くて、本当に卑怯で、自分の所業すら誰かの所為にしようとして。
 だけれど、それを肯定してもらうことすら望んでいたのだ、とその段になって私は覚った。浅ましい、とても。
 自分の非すら誰かに認めさせなければ拠って立つ場所さえ見出せない私は。
 そう思った時だった。

「本当に、全てを誰かの所為にするのなら、あなたはここにいないでしょう?」

 ああ、と嘆息にも似た息が溢れた。私は、だから。
 目の前の彼に全てを返したくて。私自身の罪を引き受けたくて。

「浅ましいな」

 ぼんやりと呟く。自身の全てを、誰かの担保がなければ引き受けることすら出来ないなどと。そう思ったら、田中君は笑った。

「浅ましいのであれば、それでも良いではないですか」

 彼は静かに笑って言った。

「私たちは、あの不条理で浅ましい時代を確かに生きたのだから」


 ゆっくり目を閉じた彼に昔日を思った。
 不条理で、浅ましく、あまりにも早すぎて、激しすぎたあの時代を、『生きた』と彼は言ってくれた。そこは私が死を命じた場所だった。そこで彼は生きたと言うのだ。

「私は」

 私はあの時を生きたのだろうか、彼のように。
 走り抜けるように過ぎ去った日々を。

「やり直したいわけではないのです。また走ってくれますか」

 共に、と田中君が笑った。私はその笑顔が何よりも好きだった。いや、何よりも好きだ。だから。

「走ろう、何処へでも。今度は」

 今度こそは。

「一緒に」

 ひび割れたように、涙と一緒になった不器用な笑みに、彼はやはり笑ってくれた。ああ、もっとたくさんの言葉を、笑みを、力を、君に。
 そう思うのに、今はもう何も要らない気がした。
 私の望んだ未来には、君がいるのだと、どんな言葉で言えば伝わるだろうと、私は小さく思惟した。




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私が書くと先生がよく泣く。
2021/12
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