わかさへはいくな


『若狭へ』

 ああ、これが。これが八百比丘尼。

『来るか』

 白い手が伸べられて、彼はゆっくりと目を閉じた。

『どこへなりとも』





「それで若狭へ?」
「拙僧の興味が尽きなかっただけのこと」

 道満の言葉に晴明は目を伏せた。あの娘が入定したと、この男から聞いて、そうしてそれから。

「所詮永遠などないということか」
「ああ、あの娘の邪気を以前に払ったのは貴殿の師匠でしたな」

 月が冴え冴えと二人の陰陽師を見下ろしていた。
 長い永い時その女は生きていた。人という形を喪うほどに。

「永遠、あろうとも。まだあの女は生きている」
「行くのか」
「ええ、ええ。若狭へ。おちかたへ」

 もう都へは、戻るまいと彼自身も晴明も思った。

「若狭へは、行くな」

 晴明は一言言って、酒杯を舐めた。





 ええ、ええ。ですからなぜあの比丘尼が「英霊」などというふざけた存在に成り下がったのです。

「貴女は永遠だと思っていた」

 この蘆屋道満、八百比丘尼の死を目にしていてもまだ尚、貴女を信じていたのに。




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我らはおち方。若狭へは行くな。

2021/5/26
2022/5/6 サイト掲載