優しい

 「優しいものか」と同志のうちの誰かが強い口調で言ったのを覚えている。

「アレは君に心酔しているだけだ」

 私を「君」と、あるいは呼び捨てるほどには親しかった男は眉をひそめて言った。

「怖くはないのか?あの武士と言うにも猛々しい田中君が」

 私はそれに「怖い?」と口の中で繰り言のように何度も言ってみた。怖い?彼が?田中君が?

「いや、頼もしいとは思うが」
「ふうん」

 その男はそうとだけ言って酒盃を舐めた。
 彼は納得していないようだったし、ひどく退屈そうだった。それは私をひどく居心地の悪い気分にさせた。





 だからこれは当然の帰結だった。

「怖くはないのか?」

 あの日と同じ同志に問われる。

「怖い」

 たった一言答えて、私は口を噤んだ。彼を囮のようにすることが怖いのではないと弁明することさえ、する気が起きなかったまま、私は部屋に独りになって呟いた。

「田中君の優しさを、こんな形で失うことが、こんな形で失わせる私自身が、怖い」

 告悔めいた自嘲は、誰にも聞き咎められることはなかった。





 だから2度目の生、聖杯戦争という数奇な戦でさえ、彼を従わせ、彼を殺した自分自身に思った。
 「怖い」、と。





 だから、カルデアという3度か4度目かのそこで、私は再び出会った田中君に、その最初から最後までを語っていた。彼は終始穏やかな顔でそれを聞いていたのが、私にはかえって居心地が悪かった。

「そうですか」

 その最後までを聞いて、田中君は少しだけ恥ずかしそうに笑った。

「ですがそれは、先生が優しいからそう感じるのですよ」

 言われて私は反駁する。あの日の同志のように。

「優しいものか!優しければ私は2度も君を死なせて生き残ろうなどと思う筈がない!」

 叫ぶようなそれに、やはり彼は笑った。

「先生が本当に優しくなく、卑怯なだけなら、こんな話はしないし、悔いることもないでしょう。むしろ、自分にはそれが怖い」

 そう言って彼はやわらかく笑った。

「先生、あなたの道筋を止めてしまうのではないか、と」

 私は、田中君のその言葉に首を横に振った。何故だろう、涙が頬を伝った。悲しくもあり、嬉しくもあるようなこの感情は、何だというのだろう。

「この道筋を、次こそは君と歩みたいと願うのは、私の傲慢だろうか」

 泣きながら口にした問いのような懇願に、田中君はやはり笑って、それからゆっくり目を閉じた。

「ほら、先生は優しいではないですか」

 言われて、それから私はその顔をじっと見た。

「歩めるだろうか、私たちは、共に」
「どこへでも」

 答えに私は目を伏せた。まだ滴が落ちているのを隠すように。

「君は優しい」

 誰よりも




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先生も田中君も優しすぎるよねっていう話。
2021/12 何日か思い出したら書いておきます。
2022/3/10 サイト移管