『おまえ、には、理想とか、ないの?』

 最後の最期に平助から言われた言葉が、ずっと頭の中に残っている。
 違う、俺だって、平助を殺したくなくて、だけど、土方さんがやれって、永倉さんはやらないからって、原田もやらないからって、おまえがやれって言われて。
 だから。

「仕方、なくて……」

 試衛館にいたころから、変わらずにひどく大人しくて綺麗な顔をしているのに、その実芯は強く、何にも流されなかった平助を、俺が、殺したから。

『平助、俺の横抜けろ!』

 声が響く。平助を逃がそうとした永倉さんの声。試衛館にいたころからずっと、沖田と平助と永倉さんと原田と、それから、俺が、一緒に居る事が多いと土方さんは知っていて、俺も、俺も知っていて。

「永倉さんは、あとで、土方さんとか局長に、斬られるとしても、平助を」

 逃がそうとした、の、に。
 俺、平助を、斬って、殺して、しかも、最期まで、苦しませて。
 一太刀で殺せなくて、手が震えて、怖くて、平助を斬るのが怖くて、突いて、しまって。
 だから、最期に平助から怒られて、だから、俺。

「まだ寝てんの」

 冬。京の冬は冷える。

「出てってください」

 そのことも構わずに、障子を開けて当たり前のことのようにそう言って、開けっ放しにしている永倉さんに言ったのに、その人は意に介することもなく、後ろ手でその戸を閉めた。

「左之助はまあ怒ってないよ」

 訊ねてもいないことを言われて叫び出しそうになりながら、必死に自分の中の何かをなだめようとする。
 土方さんが、副長が、だって、平助が。

「永倉さんは?」
「俺?まあまあ怒ってるけども?」
「じゃ、あ……」

 じゃあ、もっと詰って、もっと怒って、もっと、もっと、俺のせいだって、俺のせいで平助が死んだって、言って。

「だけどもさ、怒ってほしいと思ってるやつにくれてやる怒りなんていう優しさも持ち合わせてないワケだ」
「……え?」
「俺が怒ってんのは局長、つーか近藤さん」

 それから布団で膝を抱えていた俺に近づいてきた永倉さんが溜息をついて続けた。

「俺、別に、土方さんにも一にも怒ってないよ。あと」

 やめろ、ちがう、そうじゃないだろ。

「平助が死んだの、別に一のせいじゃないし」
「違う、俺が殺した!だから、俺のせいで平助死んで、だから!」

 子供のように言い募った俺は、あの頃と変わりがないような気さえした。沖田に勝てなくて、永倉さんに喧嘩吹っ掛けたらそっちも勝てなくて、平助が笑って傷冷やしてくれたのに、痣が残って、だから、そんな日常だったのに、俺が。

「おまえさ、どうせやれって言った土方さん恨めないのに、自分だけ平助斬った、殺したって空回りするくらいなら、いつも通り嫌いな永倉さんのせいにしとけば?」
「……え?」
「永倉さんが平助逃がすの下手くそで、仕方ないから斬った。以上」

 違う、理想もなく、そのまま土方さんの言う通りに平助を斬って、殺して、だから、永倉さんのせいじゃ、ない。

「永倉さんのせいじゃない、です」
「だけどさ。だって……馬鹿馬鹿しいじゃん、もう終わりだろ」

 死ぬよりマシでしょ、と言ってその人は細く障子戸を開けた。そこからは、冬には珍しく月の光が差し込んでいた。

「月……ちょっと平助に似てる」

 笑ってその人は言った。俺が殺した、友の名を呟いて、緩く笑った。




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2023/9/4
2023/10/12 サイト掲載・新刊表題