うちの永倉さんとはじめの生前の軽い設定


 永倉さんは戊辰戦争後に「生きている」「生きていた」一に会ってしまって、本当の本当に後悔しますが、組の頃と同じ笑顔かつやそさんと時尾さんという人に出会えて、精神的にも落ち着いて成長したはじめにホッともしています。
 そうしてやっぱり「俺では駄目だった」というのが強くなる。結局土方さんにもついて行かなかったのを聞いて改めて「はじめは本当に土方さんを止めたかったし、本当に止めたかったらそうなる」と考えるからこそ、笑顔です。
 「なんだ、ちゃんと選べたな」という笑顔です、すごく消極的な笑顔だけど昔と変わりはない。ただ、選ばれたのは局長と副長であり、やそさんと時尾さんであり「俺では駄目だったし、はじめを止められなかった」という思いはどんどん強くはなっていく。
 次なんて信じてもいないけれど、せめて「斎藤一に選ばれる」存在にはなりたかったなあ、なりたいなあと思っているというか。
 どんなに肉体関係があっても、どんなに引き留めても、それは「愛」ではないし、「愛されてもいない」と思うやつ。「愛してはいたけれど好きだったと気が付いたのは手を離してから」という倒錯的な部分があるので。
 「愛している」ということと「好きだ」ということが両立しない、というか、そういった感情が分からなかったのがうちの永倉さんというイメージはあります。

 はじめちゃんの方は再会した時もいつもヘラヘラ笑顔で「生きてたんだ、死ね」くらいは言うと思います。その一方で笑いながらも生きていて良かったと思うし、泣きたくもなっているけどこっちも笑顔かなあと。
 この時にはまだはじめちゃん自身も「永倉さんが」生きていて良かったのか、「組の仲間が」生きていて良かったのか分からないし、最後まで永倉さんが残した逃げ道を自分が使ったことにもあまり自覚的ではないけれど、ずっと「永倉さんが嫌い、永倉さんが悪い」ということを口実として使って、肉体関係さえそうやって利用してきた自覚はあるため、永倉さんが平然と会いに来たり、話しかけて来たりするのはけっこう辛かったりはしたと思う。
 上にも書いた通り色々な出会いと別れの中で精神的にも落ち着いて成長もしているから今になると永倉さんにどんな顔して話をすればいいか分からないから、どうしても笑顔になってしまうというか。

 「亡羊」やら「観月譚」、「もう一度」やら何やらでもちょこちょこと書いてはいるのですが「手を離さなければよかった」と思いながらも、互いにその相手が自分なのか、彼なのか分からない状態が前世のままで、その反動もあって転生やらカルデアの永倉さんは本当の意味で「はじめに選ばれたいし選ばせたい」という気持ちが強いのは確かにあります。

 完全に裏設定みたいな話でした。失礼しました。




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2023/10/7
2023/10/11 サイト掲載