雨の日

『しんぱちー』
『おわっ!』

 もふもふの……もふもふというよりは人間の子供サイズだが、耳や尻尾がもふもふの子ウサギに抱き着かれて、遊んでいたのを思い出す。
 ウサギと言っても、純正のウサギじゃない。人間の血が混じった、半獣、と言えばいいのか。人間と交じった、といっても交配とかじゃなく、遺伝子操作で作られたウサギ、その成れの果て。
 最初は『可愛いから』と言われていたそいつらも、いつの間にか『なんか変』と捨てられて、そうやってそのうちの一匹の斎藤一は、ある雨の日に捨てられていたのを拾ったウサギだった。

『またすてるの?』
『いや、俺が捨てたんじゃねぇけど、寒いだろ、雨だし』
『ん、やだ。人間はすぐ捨てる、僕が可愛くないから』

 傘の中から手を伸ばしても、雨に濡れたまましょぼんと耳を垂らした斎藤がそのままその段ボール箱の中にいようとするから、その姿があまりにも痛々しくて、そうして可愛くて、思わず言った。

『おまえ、めちゃくちゃ可愛いじゃん。うちの子になるか?』
『みっ!』

 抱き上げて、服が濡れたがそのまま連れ帰った。家族からは『そういうもんだ』と言われたが、納得いかなかったのと飼わせてくれたのと、斎藤はだいたいのことを自分で出来たから、中学生だったその日から、弟のような斎藤一は、俺のウサギになった。





「あ、あの、お風呂、自分で入れる」
「ん? でもなー、今日寒かったし、雨で汚れてるとこいっぱいありそうだから洗ってやるよ」

 そう言ったら、そのウサギは困ったように耳を垂らした。

「最初は、みんなそうだから」
「ん?」
「最初、は、そうやって洗ったり、遊んだりするの楽しい、可愛いって言うのに、最後は自分でやれってぶつから、だめ」
「はあああ!?」
「みっ!?」
「あ、すまん!」

 思わず大きな声を出してしまってびっくりしたようなそいつが、そんな理由でぶたれたり、まだ子ウサギなのに自立できるようになったり、挙句の果てには捨てられた? と思ったら、捨てた奴が何なのか知らないが、本気で怒りが湧いてきた。俺みたいな中学生のガキでもそんなことしねぇぞ?

「いや、そんなことしねぇから、風呂」
「あ、あの……なまえ」
「ん? 俺は永倉、永倉新八」
「……斎藤一、です。漢数字の一ではじめ」
「ちゃんと名前言えて偉いな」

 そう言ったら少し嬉しそうにはにかんだ斎藤をそのまま抱えてシャワーを浴びさせる。大人しくしていたが、耳や尻尾はごわついているし、何より体に細かい傷がある。

「しみないか?」
「んっ、ちょっと、痛いけど、舐めてれば治るから」
「明日薬買ってきてやるから、今日は舐めないでちゃんと寝ろ。あ、飯っておまえみたいなウサギは普通の人間の食えるんだよな?」
「ん……コロッケと、おそばが、好き」
「分かった。コロッケと蕎麦な。明日の飯はそれにしてやるから」

 そう言ったらぱあっと笑った斎藤が可愛くて、そのまま風呂からあがってバスタオルにくるんで水分を拭いてやったら、おずおずと訊かれた。

「あ、あの、この家にいても、怒らない?」
「なんで怒るんだよ。俺が拾ったんだぞ? 最後まで俺のウサギだからな。そんなに責任感なく見えるか?」
「できないこと、あっても、ぶ、ぶたない?」
「出来ないことは俺がやってやる」

 なんでこんなに可愛いのに、健気なのに、怒ったり、ぶったり、最後には雨ざらしにして捨てたり、と思ったら、ぴょんと抱き着かれた。

「ん、じゃあこの家の……新八の子になる」
「おう、それでいいぞ!」
「あの、新八は、ご飯何が好き?」
「俺か? 鰻とかだな」
「うなぎ……」
「食べたことないならそのうち食べさせてやるから、一緒に食べるの約束な」
「んっ!」

 こんなに可愛いのに、なんでと思いながらも、今日から俺のウサギなんだから、大事にしないと、と俺は頭を切り替えた。




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2024/4/9
2024/7/31 再掲

けっこう長いので出だしだけ。書下ろし部分を除いて再掲していきます。トンチキ現パロですみません……可愛いねと思っています。段々生意気ヘラヘラ男になっていくから大丈夫です(?)
本編含めて「雨の日」という本にまとめてあります。驚愕のウサギ本です。