『亡羊の嘆』
「列子」より
逃げた羊を追いかけたが、枝道が多く、見失ってしまって嘆くこと。
本来は、学問の道があまりに多く、広いことで悩むことの比喩として用いられる。
多岐亡羊、とも。
「……」
「なんだよ」
廊下でじっとりとこちらを見てきた斎藤に、服装か?とか思いつつ、まあいつもだし、と思って訊き返せば、『最近』と彼は口を開いた。
「新八がサポートに呼ばれる回数多くね?」
「……は? ああ、あー、アレだ。マスターがな、なんか知らんが俺にイベントの凸レーソー付けたからよろしくって言ってたけども……?」
「はあああああ」
そう言ったら斎藤が盛大に溜息をついた。んだよ?
「なんでバーサーカーに付けるのマスターちゃん……」
「あ? 今回は前衛だけで周れるからとか、これ以上アルトリアもコヤンスカヤも酷使できないとか? アレだな、何回か組んだがあのコヤンスカヤって姐さん……? 狐? 怖いな、いろいろと」
アルトリアっつー嬢ちゃんにはなんか知らんが「斎藤さんにお世話になっています!」と元気よく挨拶されたが、俺斎藤じゃねぇし……とか思ってしまった記憶がある程度だが、コヤンスカヤってあの姐さんは……まず見た目がやべぇし言動がこえぇよ……。
「新しい愛玩動物っておまえのことかよ新八」
「やめろ!!」
溜息をついたままスーツ姿にコートの斎藤に言われて思わず叫んでいたが、そろそろまたサポートで呼び出し喰らうな、と思い行こうとしたら、斎藤に服を掴まれた。ん? なんだ?
「あんまり……」
「なに?」
「あんまり、無茶すんな、よえーんだから」
呟くようにそう言った斎藤の髪を思わずぐしゃぐしゃと撫でてしまう。本当に恥ずかしがり屋というか、なんというか。
「ば、ばか! やめろ!」
「はいはい。すぐ戻ってくるからよ」
真っ赤な顔が可愛いと思うのは、これで……
これで、何度目だろう。これで、何度悔やんだのだろう。
*
あの日。あの日、近藤さんに、土方について行けないと思った時、二人を止めようと、いや、止めようとしても止まらないことを知っていても、もう俺には何も出来なかった時、俺は斎藤に自分で選べとでも言うように吐き捨てた。それがきっと、斎藤の選択だろうから、と思った。
『斎藤は来るか?』
言った言葉に、斎藤の瞳は明らかに動揺していた。来るはずがないと知っていたのに、それでもそこに映った動揺に、僅かばかりの期待をしたのは俺が馬鹿だからだろう。
それとも、斎藤自身が俺がそうやって新選組を見限るはずがないとでも思っていたのだろうか……いや、それも違うな。
自分が選ばれると思ったのだろうか?そんなこと、あるはずもないと知っていたのに。斎藤はきっと選べると知っていた。それが俺じゃないことも知っていた。
どんなに身体を重ねても、どんなに掬い上げようとしても、それでもきっと、自分の手から零れ落ちていく斎藤のことを、俺は知っていた。知っていた気になっていた。
こちらに来いと言えなかった。悔しかったし寂しかった。恨めしいとさえ思った。
どんなに与えても、どんなに重ねても、結局俺は選ばれない。それが斎藤の選択だから、それを俺は選ばせたんだから。
だけど、こちらに来いとも、そっちに行くなとも、俺は言わなかったじゃないか、と思った。全て選んで、生き残って、笑う斎藤を見て、斎藤の選択を見て、近藤さんと土方について行って、土方を必死で止めて、それでも戦って、生き残って、大切な人が出来た斎藤を見て、ほっとした。ほっとして、嬉しくて、悲しくて、悔しくて、恨めしくて、だけれどやっぱり、嬉しくて。
なんて、ひどい男なんだろう、と思ったから。もしも、次なんてそんな都合のいい世界があるのなら、今度こそ手を離さないと決めたから。
*
「よー、また会ったな」
「なんなんだよ……おまえ……」
「何って……おまえんとこのマスターが選んでんだろ。知るか」
別個体の自分……というのには正直慣れないが、このイベント以前から、そうしてイベントで礼装を付けてからは頓に会う頻度が高まった別個体の『永倉新八』に溜息をつかれて、いつも通りに返す。そのやりとりももうひと月半ほどになるかと思ったら、早いものだな、などとどうでもいいことを考えた。
「まだ慣れねぇか? 世界線的なアレだからいい加減諦めろっていうか慣れろ」
「いや……いや、まあ、はっきり言うがな、俺、おまえのこと苦手なんだよ」
はっきりと言われて、まあ知ってはいたが、と思いながらも思わず笑いが落ちた。爆笑したいところだが、そうするのはあまりにも可哀想な気がして、そのまま戦闘終わりの『俺』の背中をバンと叩く。
「ってーな!」
「なんだよ、しけてんな。斎藤とうまくいってねーのか?」
「だ・か・ら! なんでそういうことをいちいちおまえに言わなきゃならねぇんだって何回言ったら分かる!?」
叫ばれたが、何と言えばいいの、初心とも違うし、俺だって別にこいつらのそんな事情なんざ、興味もないが、まあ俺が俺だからなのか、『事故だった』とこいつは言うが、こっちの『永倉新八』も斎藤と寝るくらいの関係ではあるらしいから気になると言えば気になる。そうしてそのうえで、寝はするが付き合ってはいない、というのだから余計気になるというか、心配になる。
「セックスフレンド? セフレ? すげー言葉だよなぁ……こないだなんかで読んだ」
「……なんでんなこと言われなきゃならないんだよ……分かってるよ、んなこと」
うんざりしたようにそう返されたが、この男を見ていると……見ていると、何だろう?そう、この男と、この男の斎藤を見ていると、ふと思うことがある。
「おまえ、斎藤のこと好きか?」
「あ?」
そこまで剣呑な顔する話題か? と思いながら彼を見るが、いつも通り眉間に皺を寄せた彼の真面目そうな表情にどこか何か、俺の感情が可笑しいのか、なんざ無意味なことを思った。
「二択にするか? 斎藤のこと、好きか? 嫌いか?」
「なんでお前にそんなこと答えなきゃならねーんだよ」
「だってな……」
こいつのとこの斎藤も、もしかしたら俺の斎藤も、だが。
「世界線違うから言っといたがな、俺は前の組の頃から斎藤とは身体の関係あってな」
「聞いてねーのに何回も聞かされてうんざりしてんだよ!」
叫ばれたが、少なくともこいつはまだ引き返せる、と思って続けた。
「俺たちっていうか俺も初めは思ったより悲惨でな。最初は……粛清だったか間諜だったか覚えてねぇな。どっちにしろ、斎藤が部屋に引きこもってやがって」
「何の話だ」
睨まれたまま言われたが、気にするほどのことでもないし、と思って続ける。
「年下のクソガキが、引きこもってやがる、と思ったが、かといって命じた土方に何か言える訳でもなくただ引きこもって、ガキのくせに『ほっとけ!』とか叫んできたんだが、まあ……慰めようと思ってな。『嫌いな俺のせいにしとけ』つって、抱いた感じだな、最初」
「……」
何だかんだ言いながらも黙って聞いていたこいつにも、心当たりでもあったのだろうか。磨り減っていく、というよりかは、ガキのくせに一人前のふりして振舞うだけ振舞って壊れていくあの馬鹿のことが。
「なんだろうなあ、さっき俺たちというより俺の始めっつったのはそういうことっていうかな。飯食わせて話聞いてやって、代わりにそういう仕事してやれば良かったのか、とか考えることもあったが、思いつかんし、そもそもそこまで俺は土方に肩入れしちゃいなかった」
「……それは、まあ分かる」
ぽつりと返してきた『俺』に苦笑した。『永倉新八』だから分かって、そうして分からない、分岐した結末。
「そうだっていうのに、そこまで頭も回らねぇし、そもそも斎藤が普段から『嫌いだ嫌いだ、馬鹿だ馬鹿だ』って叫んでるのがただの甘えだって分かってたくせに、それを利用しちまったようなもんだな、今思うと」
いや、過去にも何度も思ったが、『嫌いな永倉新八に無理やり褥に誘われたから付き合ってやった』くらいに嫌なことで、それくらいに面倒なことで、そうであったら斎藤も言い訳出来るんじゃないかと、夜に必死に一人でいるよりも、勝手に俺の部屋に入ってきて、そのくらいの言い訳があったら一人でいなくてもいいんじゃなかと、思った。
「安易というか、馬鹿だよなぁ……自分でも確かにそう思う。確かに、それで斎藤の心というか、精神的なものがあと一歩で崩れそうなところが保てたとしても、なんにも解決しねぇのに」
「……」
黙って瓶覗色の淡い青色の瞳がこちらを見返していた。個体差、だろうか?それとも世界線なのか。俺の瞳よりもどこか深い色をしているその瞳は、嘘をつかない。嘘をつけないと知っている。
そうだというのに、俺は斎藤に嘘をついた。嘘?嘘ではないかもしれない。だがそれは、結果的に嘘だった。
身体を重ねるだけで、斎藤の心を引き留められるならそれで良かった。
それで良かった筈がないのに、それで良かったと思っていた。
それは確かに、嘘だろう。
「俺も気付いてなかったかもしれないが、俺は、たぶんずっと」
斎藤は真面目だから、本当ならこの『俺』みたいに全部拒んで拒まれたかもしれない。
そもそも俺に助けられる、その下心のような、斎藤自身の思いを利用するようなそれを、許さなかったかもしれない。
「好きか嫌いかの二択は、たぶんずっと分からなかった。それはおまえもそうだと思う、たぶんだけどな」
「なに言ってんだ?」
だから、じゃないが。
だけど、だから、おまえはまだ間に合うよ、なんて俺はどの面提げて言うんだろうな?
「だけど、ずっと、昔から、今もずっと、斎藤のことを愛してはいた。そうだっていうのに、斎藤の感情を全部利用してたくせに、そのことに気が付いたのは斎藤を失ってからで、そうして初めて亡羊とした。それはな、ひどく空しかった」
そう告げたら、何か噛みつかれるかもな、と思った『俺』は亡羊とした、それでいて透明な視線で俺を見た。
ああ、その瞳は嘘をつかないと知っているから。
「ずいぶん、身勝手な忠告だな」
「なんだよ、分かってんじゃねぇか」
「岐多くして羊を亡う、か」
ぽつんと呟いた彼に、その姿を見て笑みが漏れた。かつての俺の様だ、とまでは言わないが、どこかになにか、まだ失わずに引き返せると思ったからだった。
「後から悔やむから後悔で、俺はもう後悔したくない。もう繰り返したくないと思っていたら、あのクソガキに会えちまったとなったらなんていうかもうな」
「それがおまえが斎藤をあんなに念入りに囲って可愛がってる理由かよ」
うーん、斎藤に負けず劣らず口悪ぃよなぁ、こいつ。
まあ、いいんだが。
「俺はもう御免なんでね。ま、頑張れよ」
そう言ってもう一度彼の背中を叩く。
頑張れよ、前の俺みたいにならないように。
*
「新八、遅い!」
「そういうことはサポートのやつに言えよ。俺は関係ないだろ」
「うるさい、新八が悪い!」
帰ったら相変わらずそう喚く斎藤が待っていたが、まあ何だ、そういうところも可愛いというか、どうしたもんかな、これ。
「今日もちゃんと帰ってきただろうが」
「新八は僕がちゃんと見張っとかないとまたすぐ勝手にどっか行くから!」
勝手にどこかに行く……それはおまえだろうと言いたいが、それは俺だったのかもしれない。亡羊の嘆、か。
「羊が逃げたが枝道で、追っ掛けるにもどこに行ったらいいか分からずに、ただそこで嘆くしかできなかった」
「なに?」
言葉の割に、どこか何か不安そうな斎藤にそう訊かれたが、逃げ出したのはどっちだったんだろう。いや、逃げ出したのは俺の方か。
最後の最後に、手を引くことも、声を掛けることもなく逃げ出したのは俺だから。
亡くしたのは俺なのに、逃げ出したのも俺だっていうのは、どうしようもなく俺たち二人の関係に……いや、あの頃の俺にそっくりだったから。
だから、もう逃がさない。逃がしてやれない。
「俺はどこにも逃げないし、どこにも行かねぇよ」
「当たり前だ! 新八は僕のなんだから!」
叫ばれて、グッと服を掴まれて、ああ、廊下だから抱き着いてこないのか、と思いながらもどうにもやっぱり可愛い、などと思ってしまう。
「ま、おまえは羊というよりウサギだがな」
そういう寂しがりで甘えたなとことかが、と続けたら、斎藤はぷるぷる震えながら真っ赤な顔で手を離してこちらを見た。何だよ。
「ウサギに例えんの、いい加減やめろ!」
「いや、どっからどう見てもウサギだから諦めろ」
「何を諦めろって言うんだよ!」
こいつにもこだわりとかあるからなぁーと思いつつも、まあアレだ。
「いいだろウサギ。可愛いじゃねぇか」
「良くない! 虎とかライオンとかにしろ!」
無理があることを言ってきた斎藤の柔らかい髪を撫でる。ウサギの毛並みに……似てはいないが。
「まあいいだろ。俺にしかウサギに見えてねぇみたいだし」
それは小さな独占欲。小さくて、それでいて、もう手放したくない独占欲と確かな感情。
「うるさい! 今日も蕎麦奢れ! サポートで稼いだだろ!」
真っ赤になって叫びながら食堂の方に走っていった斎藤の後ろ姿に、知らずにほっとしたように息をついていた。
「確かに、愛していたし、愛している」
今度こそ、亡う前に気が付いたのだから。
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2024/1/28
2024/7/30 サイト掲載
こちらは以前、永倉さん実装前にXで書いていた「閑話・亡羊」という永斎の短編を公式の永倉さん実装後に加筆修正したものです(この話は実装された永倉さんと斎藤に加筆修正しております)。
永倉新八実装前からこの話も含めてお世話になっていたくろわしさんが「灰色狼は藍色羊の夢を見る」(id=21218455)という作品を書いてくださり、その中でうちの永斎の二人の「亡羊」の話を使っていただきまして、私もしっかり今書ける永倉新八と斎藤一で「閑話・亡羊」を書こうと思い、書かせていただきました。くろわしさんからは許可を頂いております。そういう事情でくろわしさん宅の永倉新八が出てきます。くろわしさんの二人の設定は上述の「灰色狼は藍色羊の夢を見る」(id=21218455)に準じております。
くろわしさんの永斎の二人は関係性がしっかりしていてどのお話も栄養価が高いのでぜひ読んでいただければ…いつもありがとうございます。
くろわしさん
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X(旧Twitter)
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【登場人物】
永倉新八(緋雨カルデア)
生前から永斎していた(身体の関係があった)個体。生前の斎藤との関係に後悔があり、カルデアで再会した今「二度と逃がすか」という気概。ドS攻め。瞳は薄青色。ほぼ第二再臨の姿でいる。
斎藤一 (緋雨カルデア)
昔というか生前は(新八との身体の関係を含めて)いろいろあったが今のカルデアでは束縛などイロイロアッテ躾の行き届いたウサギちゃん。
永倉新八(くろわしカルデア)
生前は永斎していなかった個体。事故って斎藤と魔力供給してセフレになってしまう。ヘタレ攻め。瞳は瓶覗色。ほぼ第三再臨の姿でいる。
斎藤一 (くろわしカルデア)
自分のことを虎だと思ってる猫ちゃん。クッソ我儘(永倉談)。
登場人物のくろわしさんのカルデアの二人はくろわしさん宅に準じております。ぜひ「灰色狼は藍色羊の夢を見る」をご覧ください!