肉じゃがの日

「ヤダヤダヤダ!」
「だから! なに!?」

 キッチンで伊東からもらったというか押し付けられたカセットコンロを出そうとしたら(ホットプレートとかと一緒にまとめてもらった、何だアイツ、と思ってるけど結構使ってるから感謝してやらないこともない)、なぜか野菜室や戸棚からにんじんだの玉ねぎだのじゃがいもだの、それに糸こんにゃくだとかを取り出し始めた新八が、そう駄々をこねるように言いながら妨害してくる。

「肉じゃがにして!」
「はぁ!?」

 その一言に僕はいろんな意味でそう叫んでしまっていた。





『アレだよ、君』

 ……なんで他の事務所の芹沢さんが沖田ちゃんと遊んでるんだろう、というのはまだいいというか、よくはないんだけども。この人、僕が芸能界とかいうとこ入る前からすごい演歌歌手だって知ってたし、ていうかこの時代に演歌がコンサートやディナーショーだけでなく、CDどころか配信で売れるってこえぇわ、と思っていたけども……とはいえ、うちの稼ぎ頭こと土方さんとは死ぬほど、それこそ伊東とは違うベクトルで仲が悪いから、なるべく来ないでほしいんだけど……と思いながら、こっちも稼ぎ頭には違いがない沖田ちゃんとじゃれているのを眺めていたら、なぜか絡まれた。僕みたいな、彼から見れば三下には興味なんてないはずなのに、なんで!?
 やめて、やめて、やめてくださいお願いします! と思ったが、トレードマークの鉄扇でビシっと差されて、それからそちらを見たら、我が意を得たりと言うようにバシッとそれで芹沢さんは手を叩いた。

『藤田とか言ったね、最近調子乗ってる君、永倉と付き合っているとかいないとか聞いて来たんだがほんとかね? 場合によっては』
『え、うそ、芹沢先生って……え、新八のお父さんでしたっけ?』
『いやあ、斎藤さんって相変わらず永倉さん絡むと発想がおかしくなりますねぇ』

 沖田ちゃんに言われたけれども、え、だって待って、新八って芹沢先生と事務所違ったよな? え、なにこわい、殺される要素あった? え、殺される前提?

『いやなに、あの子供向け番組に一曲提供したことがあってな。二、三度一緒に出てみたらずいぶん懐かれて、悪い気はしなかったから個人的に付き合いがあったんだがね。あの事故でふっとやめるわ、傷があるから会いたくないと言い出すわで、連絡先は知ってはいたが、女の顔だ、会いたくないと言われれば連絡しないのも情けかと思っていたが、その辺りを無視して一本釣りした馬鹿がいたと聞いて来てみたという訳だよ』
『う、うわぁ、すみません、すっごく馬鹿にされてますね、僕』

 遠い目をしてそう言ったが、新八ってほんっとうに人誑しなとこあるよなぁ、と思ってしまう。芹沢さんも楽曲の提供とちょっとした共演からここまで気をよくするってなかなかないんじゃないか、この人? と思ったが、そうなると今の口ぶりからしてもやっぱり、僕、ころされ、社会的、というか、芸能界的に、ころ、ころさ、れ?
 そう思っていたら、芹沢さんはドンとクーラーボックス? 保冷バッグにしては少し大きめのものを置いた。

『という訳で、彼女は肉が好きだが、君のような甲斐性無しには買えん肉を買ってきてやった次第だよ。食わせてやれ』

 ……なん、というか。

 沖田ちゃんとか、伊東もなんだけども……。

『ありがとうございます?』
『なんで疑問形なんだね君、若干こっちの好意で独占できなくなる感覚がにじみ出てる小童が』
『あー、初対面でバレてるの笑いますねー』





 という訳で受け取った肉は高級品も高級品の牛肉だった。
 黒毛和牛、見るからに高そう。

「なんかな、芹沢さん、じゃなくて芹沢先生? が、新八に食わせろって持ってきてくれて」
「え? 芹沢の旦那がか?」
「すげぇ心配してるみたいだったぞ、一回くらい連絡しろよ」

 そう言ったら新八はぺたぺたと自分の顔の傷の辺りを撫でて、それから、それでもぱあっと笑った。

「そだな! この礼もあるし、あとで手紙書くよ。あの人メールも早いんだけど!」
「そうなの?」
「まあな。でもこういうのだし手紙の方が礼状ってかいいかなって……あ、お中元でも贈るかー」
「それより、あの、うーんと」
「?」

 不思議そうにした新八に、あんまり言いたくはないし、それが沖田ちゃんとか伊東とか山南先生とか土方さんでも、まだ嫌なんだけども!

「どっか行ってきたらいいじゃん、僕も一緒行きたいけども。なんか、お茶、と、か」

 まだちょっと抵抗あるから途切れ途切れに言ったら、新八はもう一回顔やら腕やらの傷に触れたけれど、やっぱり笑ってくれた。

「大丈夫、かな? 芹沢の旦那、けっこう甘いもん好きでさ」

 こんな傷で会うなんて、とでも言いたげな顔を見なかったことにして、というかそんなことだろうと思っていても口に出さないのはきっと芹沢さんが優しいからで、気にしてしまうのは僕がガキだからで。

「喜ぶと思うけどなー、むしろ喜ぶだけだろ。すげぇ会いたそうだったから」

 そう言いながら肉を冷蔵庫にしまうか、クーラーボックス……これは返した方がいいんだよな、流石に? そうだよな? と思いながらこれに入れたまにするか、それとも常温に戻すか、と時期的なものなども考えていたら、かなり量のあるそれを新八が覗き込んだ。

「これ何にすんの?」

 キラキラした目で訊かれて、可愛い、と思いながら応える。

「うーん、やっぱすき焼きじゃねぇかと思って材料は買ってきた。ちょっと時期はアレだけど、クーラーあるし、こういう高い肉ってすき焼きくらいしか思いつかなくて……」

 そう言いながらとりあえずはクーラーボックスに入れたままカセットコンロ、と思って戸棚に手を掛けたところで、話は冒頭に戻る。





「ヤダヤダヤダ! 肉じゃがにして!」
「はぁ!?」

 この肉をか!? という気持ちを込めて言ったが、新八は徹底抗戦の構えの様で、カセットコンロを置くキッチンのテーブルの上にじゃがいもやにんじんを広げだした。こ、こいつ……!

「この高くて美味しそうなお肉で斎藤の肉じゃが食べたい!」
「っ……!? なっんでそういうこと言うの!? このタイミングで!?」

 なんでそういう可愛すぎること言うの!? って思うけども、この肉で肉じゃがは駄目だって、だってこれ、最高級品の黒毛和牛だろ!? いや、黒毛和牛で肉じゃが作ってはならないっていう法律は僕の知る範囲にはないけどもね!?

「だめか?」
「うっ……」

 なんで、そんなふうにお願いされるんだよ、ていうかこんなところで普段しないワガママとお願い使うんだよ。
 そうだよな、いっつもワガママ言ったりお願いしたりしてるの僕だもんなってそうじゃなくて!

「なあ、斎藤の肉じゃが美味しくて大好きだからこれで食べてみたい? だめ?」

 あああ! 若干のお姉さんモードで甘えてきやがるこいつ! これ無理、これなにこれ!? こういう甘えられ方されたら少なくとも僕は逆らえません、すみませんね、芹沢さん!

「いっぱいあるから、チルドに入れといて、明日すき焼きにするか」
「肉じゃがは明日の朝でも味しみこむし、今日から毎日お肉だな!」

 嬉しそうに言うな、味しみこむって確かにおまえが言ったんだよ、ああそうですね、肉が好きって芹沢さんも言ってたって僕だって知ってるわ、やめろ! 新八は僕のだ!

「……あのさ」
「なに?」
「僕の肉じゃがのレシピって、新八がテレビで作ってたやつなんだけども、美味い?」

 ていうか僕の肉じゃがって結果的に新八の肉じゃがじゃん、と思って聞いたらきょとんとされた。

「? 俺のよりずっと美味いから斎藤の肉じゃが大好き!」

 僕は新八が大好きで肉じゃがを作り始めて肉じゃがが得意になり、その新八の肉じゃがを作っている僕が作る僕の肉じゃがが大好きだと言い出した新八はつまり。

「新八は僕のことが大好きってことでいいんだよな」
「……なんでそうなっ……!? す、すきだけども!? 大好きだけども!? 今言う必要あったか!? 早く肉じゃが作って!」

 ああもうなんかなんでもいいや、肉じゃが作って食べよ。


おしまい


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2024/5
2024/11/14

5月頃から書いていて、いろいろ書き足して再掲しました。
のりみかんさんにめちゃくちゃ可愛いナガクラおねえさんと肉じゃがをメモする斎藤を描いていただいたのを掲載しているので見てね!