色欲


「まむしも、みょうだも、おれがまもる!!」

 純粋な言葉だった。少なくとも、幼い時に幼馴染も明陀も、自分が守るのだと彼は心に決めていた。
 それを違えることはないと思っていたのに、その純粋な思いに一点、墨をこぼしたようにじんわりと広がる黒いものに、彼は気づきながら気づかないふりをした。

「また彼女変わったんやて?」

 半ば呆れたように冷えたタオルを投げてよこした蝮に、柔造は赤くはれた頬にそれをあてる。

「変わったちゅうか、フラれたっちゅうかね」

 京都出張所の詰所で、蝮とこうやって鉢合わせるのは久方ぶりだった。たまたま応急処置用の棚か冷蔵庫からタオルか保冷剤を拝借しようと思ったら、たまたま鉢合わせることになった蝮は、祓魔でもない怪我らしい柔造を見ると呆れたようにすぐに冷えたタオルを取り出した。このところ、互いにけんかはするが、互いに避けているような気がしていた。

「甲斐性のないお申やこと」

 今度こそ心底呆れたように言って、蝮は踵を返す。別れる時に素直に相手の言い分を聞いて、素直にぶたれてくれる男というのはそこだけ切り取れば甲斐性があるが、全体を俯瞰すればなるほど蝮の言う通りだと柔造はその思い切りぶたれてはれた頬を冷やしながら思った。

『結局、幼馴染のあの子がいいんでしょ!?』

 聞き飽きたセリフを思い出して、柔造は苦笑する。
 そうだと言えばもっと逆上されただろうが、その通りだ。甲斐性なしどころの騒ぎではないなとぼんやり思う。
 いつからだろう。
 蝮への純粋な、明陀へと感じる思いと同じはずだった純粋な思いに墨を溶かしたようにじわじわと奇妙な感情が広がったのは。
 弟が『蝮姉さんは女性として見れんわぁ』と言ったのを聞いた時に、彼はその薄墨のような色に気が付いた。

「まあ、俺にとってそーいう対象になってたっちゅうかね」

 守りたい幼馴染じゃない。
 手に入れたい女だ。

「色欲なんて今更。どうせ生臭坊主ですし」

 彼女の去ったそこで、彼はうっそりと笑った。