終
年若い女が一人、電信柱の下に立っていた。
指には銀色に輝く環がかけられている。
彼女の見上げる電信柱の上で、酒を呑む者があった。彼の目は、左右で色が違った。彼に気が付く者は通りにはなかった。見上げる彼女も、気が付いてなどいない。
通りの人影が減って、彼女一人になった頃には、もう日はとっぷりと暮れていた。
今宵の月は細く冴え冴えとしている。
「あそこに、怖い鬼がいたわ」
誰に言うでもなく、彼女は呟いた。吐きだした言葉が白くなる。
電信柱の上で、彼はその言葉を聴いた。懐かしい声だった。
「角の生えた鬼よ。とても怖くて、だけれどとても綺麗な鬼」
何も見えないそこに、彼女は語る。その先にいた左右で目の色の違う男は、懐かしさと寂寞でもって彼女を見つめた。見つめたところで、その視線に彼女は気が付かなかった。だけれど、その視線がくすぐったいとでも言うように、彼女はふふと笑った。
「まだいるかしら?」
「ああ」
そこで初めてその鬼は応じた。彼女には、聞こえてなどいないだろうが。
「いるわね、きっと。今夜も人間を見て笑っているわ」
女はそう言って、それからその何も見えない視線の先に笑い掛けると、踵を返した。
ずいぶん長いこと立ちつくしていた。早く帰らないと、と彼女は思う。
明日にはこの土地を発つのだから。そうしてきっと、もうここには来ない。
「左様なら」
電信柱の上で、酒に酔った鬼が一言言った。
彼女にはきっと聞こえない。
だけれど、応じるように彼女の後ろ姿の肩が揺れたから、その美しい鬼は、それで仕舞だと思った。
左様なら
然様なら
この宴を仕舞としよう
落日の宴
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2012/12/11
後書き