「好き」
「うつります」

 ゆっくりと横たわる沖田に口づけて言ったら、もう抵抗する力も残っていないのだろう、唇を離してから静かに女は言った。

「好きだよ」
「面白いことを、言う人」

 そう言って沖田は咳込んだ。労咳、か。

「あの、さ」
「はい」

 そうだというのに、唐突に部屋に来て、そうして何もなく好きだと告げて口吸いをした男の言葉を彼女は静かに聞いていた。

「髪切ろうかなって」
「いいと思いますよ、さっぱりするかも」

 そう言って彼女の横に寝そべるようになっていた俺の髪に、彼女は白くほっそりとした指を通して言った。
 脈絡のない言葉にも、彼女はゆったりと答えてくれたから、俺はその細くなってしまった体を抱き締めた。

「髪切ってくれない?」
「え?」
「散切りでいいからさ、俺、不器用だし」

 そんな力残っているだろうか、と思ったけれど、沖田を抱き締めたままそう言ってみる。彼女は驚いたように目を見開いて、それから、自分が抱き締められて、横になっていることにやっと気が付いたように俺の頬に手を伸ばした。

「私でいいんですか?」

 不器用ですよ、と女は柔らかく笑った。

「いいよ。だって」

 おまえ以外のやつに刃を向けられるのは苦手なんだ、正直。





 ザク、ザク、と長くてどうにもならない髪が切り落とされていく音がする。沖田に無理をさせたと後から山崎に怒られるなと思いながら、その手で俺の髪を切り落とす彼女に、ぼんやりと俺はまた言った。

「好き」
「この髪が?」

 はぐらかすように、からかうように、沖田は笑った。





 俺の髪が短くなって、そうしてそれから。
 短くなって、散切りになって、そうして、大坂に女は来なかった。
 多分、この世で初めて好きになって、この世で一番愛していて、この世で唯一、刃を向けられても恐れるということのなかった女と、もう二度と会うことはなかった。





「藤田さんって髪自分で切るんですね」

 同僚に言われて、ふとはぐらかすように笑う。
 ああ、時代が進んで、それで。
 お前も来られたら良かったのにな。
 ああ、誰も彼もいなくなって、それで。
 俺もそうやって消えちまえばよかったのにな。

「人に鋏とか、刃のあるもの向けられるの、ちょっと苦手なんですよ」

 そう言ったら同僚は不思議そうに、でもふと頷いた。

「ああ、まあ髪を触らせるのはちょっと怖いですよね」

 分かります、と言われて、俺には一人だけ、それを許せた、首だろうと、首より上だろうと触られても、刀を向けられても怖くなかった女がいたのだと思い出した。

「そうですね、怖い」

 俺は静かにそう答えた。そうだ、今でも。
 怖い。
 お前以外にこの髪を触らせるのは。





「おーきたちゃん」
「斎藤さん、なんで髪だけ三臨なんですかー!それスーツじゃないですか、なんか怪しい商売してる人っぽくて嫌ですよ、なんか全体的に」
「よくこの一瞬でそこまで嫌味出てくるね、この子は……」

 少し呆れながらそう言って、それから適当に椅子に座り、鋏を投げる。

「危ない!」
「ねえ、髪切って」
「え?」

 いつかのように言ってみる。もう二度と会うことなんてないと思っていた。
 こんな巡り合わせがあるのなら、それなら、それも悪くない、なんて思った。
 俺もそこに行ければよかったんだろうな。みんなみたいに、潔く。いや、どちらが潔いかなんて知りはしないけど、さ。

「不器用ですよ、私」

 そうしたら、鋏を持った沖田ちゃんが不意に笑って、いつかのように言った。

「散切りでいいからさ」

 だからいつかのように言った。だって。

「おまえ以外に刃を向けられるのは嫌いだ」

 そう言ったら、沖田はふと鋏を置いて、俺に口づけた。

「好きです」
「好き」

 いつかのように俺もそう返す。逆になってしまった気がしたけれど、それで良かった。ゆっくりと彼女を抱き締めて、そうして、二人笑った。
 好き、大好き、怖くない、愛していた、愛して、いる。