『スタ●に連れて行け!』
ベルゼビュートは突然そんなメールをよこした推定彼女であるアンリ・マユに本気で何をどうしたらいいのか分からない状態に陥っていた。
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ベルゼビュートとアンリは、あの召喚士と一人の人間によって収束に向かった停戦協約ののちに、「政略結婚は絶対にごめんだ!」という恋に恋する乙女であるアンリによって、推定彼氏彼女というぼんやりした肩書によって今現在いわゆる男女のお付き合いを続けている。
「あーこれ絶対女子神様の今月号読んじゃってますね。あの人最近月刊誌出してて」
「ベルゼビュートマジかわいそう」
後ろからそのメールを覗き込んだ不躾な二人は、あの一件ののちに地獄に堕ちた左門と天使ヶ原である。地獄に堕ちたはずなのに、自由を謳歌しまくっている二人は二人で、ベルゼビュートにとっては頭痛の種でもあるのだが。
「左門、お前は笑いながら人を嘲るな。天使ヶ原、あの女児の雑誌見せろ」
「あー、これですこれ」
「ていうか天使ヶ原さん定期購読してたよね?地獄でその資金源ってどうやって捻出してるの?エグい内股?」
「うるせー黙ってろ!アイドルには内股以外にもいろいろあんだよ!少なくとも左門くんよりは地獄で人気あるぞこちとら!」
最後の一言は地味に左門に突き刺さったが、それは横に置いて、ぱらぱらとそれらしきページをめくってベルゼビュートに見せる。
『これが女子力の高いトッピング!クランチに色味もきれいな甘めのクリームで可愛さアピール!』
「なんだこれ…?」
「店舗名は書いてないですけど、ネビロスさんの勤め先では出さないっていうか普通にス●バの商品に見えますね」
「つまりババアは俺様に可愛さアピールしたいと!?」
俄かにテンションの上がりかけたベルゼビュートを後目に、天使ヶ原の地獄通話可能スマホが鳴った。
『スタ●とかリア充っぽいだろう!女子神様のおかげでラウワン以外を覚えたぞ!めちゃくちゃ美味そうだがぼっちには入りづらい店のようだからベルゼビュートを誘った!』
「………」
そのメールを無言でベルゼビュートに差し出す。
「どうせそんなことだろうと思ってました!」
「なぜに敬語!?」
天使ヶ原のツッコミの後には、ベルゼビュートの玉座周辺を嘲笑しながら闊歩する左門しか残らなかった。
*
「とーる…サイズ?」
「あ、こちらの大きさになります。SMLと同じですよ」
デートというかもはや保護者の気分だ、と思いながらベルゼビュートは二人で入ったリア充専門店のようなコーヒーショップでハラハラしながらアンリを見つめていた。こちらが注文してやろうかと思ったが、それについては「ぼっちと世間知らず脱却のために貴様は手を出すな!」とおよそコーヒーの注文とは思えぬ言葉をもらっている。少し袖の余ったリブセーターに髪を下している彼女は、現世でということを考えれば美少女留学生に見える。対するベルゼビュートはいつものジャケットの着こなしでも十分現世で通用するだろう。
「あの…これクリーム?」
「こちらですか?今とっても人気なんですよ!」
にこやかな店員は初めての来店のようだと察して、先ほどからメニュー表と実物の容器などを見せて説明している。しかし、ベルゼビュートはそれに段々不安になっていた。初めての店、初対面の店員。アンリのぼっちキャパシティーがオーバーする段階が一歩一歩近づているように見えたからだ。
そしてその瞬間はやはり訪れた。
「このクランチも今限定ですし、」
「あ、あの、ブレンドのMサイズで大丈夫です」
「あ、はい。かしこまりました」
下唇を噛むようにしてブラックコーヒーを受け取り、「帰るぞ」と一言ベルゼビュートに言って店を出たアンリに、彼は大きくため息をつく。そうしたら、それが悪い方向の引き金になってしまった。
「悪かったな!飲みたいコーヒー一つ買えないようなコミュ障で!」
「そういう意味じゃねえよ!」
「だってため息ついただろうが!」
そう怒鳴ってアンリはブラックコーヒーを持ったまま駆けだしてしまう。近くの緑地公園の方に、冬の冷たい空気の中、白い息を弾ませながら走っていくアンリの背中を見送って、ベルゼビュートはもう一度ため息をついた。
*
(ていうか今時のジャパニーズってこんなベタなナンパするんだな)
公園にいるアンリにやっと追いついてみれば、2人組の男がアンリに声を掛けている。お姉さん一人?とか、このあと暇ならどこか行かない?とか、ベルゼビュートからすればベタ過ぎて漫画か!と突っ込みたくなるようなナンパだが、ぼっキャパがオーバーしているうえコーヒーのせいで意気消沈のアンリは、それに曖昧に答えることしかできない。これでは相手の思うつぼだろう。
「じゃあさ、このあとご飯食べに行こうよ」
男の一人がアンリの手を取ろうとしたところで、ベルゼビュートは片手でその腕をひねり上げた。
「わりぃな。コイツ俺様の女なんだわ」
凄めば人間程度簡単に引き下がるくらいには威圧感のあるそれに、2人組は「男待ちかよ」と捨て台詞を吐いて走って逃げていく。その姿を、アンリはぼーっと見つめていた。キャパシティーオーバーでなければ、あのぐらい一人でも片付けただろうに、なんて思っていたらアンリはやっとベルゼビュートを振り返った。
「俺様の女ってなんだ」
「は?」
「なんだそのカッコいい彼氏みたいなナンパからの救い方はぁぁぁ!?」
「お前少し落ち着けよ!」
「なんなのだ、コーヒー買えないし、リア充満喫できないし、ていうかナンパとかリア充イベントらしいのに怖すぎる!突然知らない男に声かけられるとか怖い!挙句の果てにはお前がちょっとカッコイイと思ってしまうし!」
「だから落ち着けって!」
そう言って、容量オーバーで暴走するアンリの手から、彼はトールサイズのブラックコーヒーを奪い取る。そうしてずいっとそれより一回り大きいカップを手渡した。
「ほら、お前が飲みたがってたのこれだろ」
「……え?」
「言っとくけど、クソ女児の雑誌の通りに注文したから中身がなんだか覚えてねえぞ。覚えてねえったって少なくともこんなクソ甘いもん俺様は飲まねえっていうかブラック以外飲まねえから交換しろよ」
その一言に、アンリはじわっと目元に水がたまるのを感じた。
「交換とか言いながら、もう取り換えているではないか」
「そうだな」
男にしては低いが、それにしてもアンリから見れば背の高いベルゼビュートを見つめて、アンリは両手で持ったその温かくて甘いコーヒーを思った。
「ため息ついたのだって、別にお前を馬鹿にしたわけじゃねえよ。デートじゃなくて連れてきただけってのが引っ掛かって、コーヒー一つ満足にエスコートも出来なかった自分にため息ついたんだよ」
ぶっきらぼうに言ったベルゼビュートにアンリは申し訳ないような、だけれど温かな心持で言葉を紡ぐ。
「本当はな、お前と現世でデートしたかった」
「はあ!?」
突然のことに声を張り上げたベルゼビュートがおかしくて、アンリはふふと笑いながら彼を見上げる。
冬。微かな笑い声さえ白い吐息になるほどに寒い日だった。
「現世で、なんかこう、リア充というか、女子力高いみたいなのを見せたかった」
突然の告白に、惚れたが負けか、思考が空転するベルゼビュートに、アンリは笑って続ける。
「だがお前の方がずっと上手だな。リサーチしてるし、こういう店にも入れるし。でもそれで十分嬉しかったぞ。コーヒー飲みたいなんて口実に、お前はちゃんと付き合ってくれるから」
そう言って、クリームがたっぷり入った温かなコーヒーをアンリは一口飲む
「なんだこれは!?甘くてすごく、すごく、あれだ、女子っぽい!さすが女子神様!!」
気恥ずかしさを紛らわすようにオーバーに喜ぶアンリにこそばゆさを感じながら、ベルゼビュートもブラックコーヒーを一口飲む。
「甘え」
何も入っていないはずなのに、ずいぶん甘く感じられるそれに、一言そう呟いた声は、冬の冷たい風に紛れた。
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とがわさんの萌え袖アンリさんとアンサーベル様が素敵すぎました。
2018/01/09