eschatology
これは終わりの物語。
何百、何千という、終わりの物語。
余は、いや、私たちは、この世界の「最後」をずっと探してきた。
探してきたし、探している。
余の世界は完全ではない。
その苦痛、その屈辱、その寂寞。
わたしは悪で世界を満たすことが、世界を完成させることだと信じていた。信じていた?違う、違う、違う。わたしは、余は、世界を悪で満たすことで世界を完成させるために造られた。
余は、自分が造られた神だと知っていた。
聖なる天蓋がどうしてアンリ・マユとスプタン・マユを分けたのか、分からぬほど余は愚かではない。善と悪を分けたのか。そうだ、分けたのだ。
「それは、どういう意味だ」
聞くべきではないと知りながら、なのだろう。夫であり余とはあまりに違う世界の地獄の王が問いかけてきた。
「簡単なことだろう」
「ああ、分かっていて聞いている」
「余の口から言わせたいか」
その態度が何かおかしくて、余はふふと笑った。
「そうだな。今日は気分がいい」
そうだな、これを言うのに今日は相応しい日だ。
「アフラマズダーは、完全な世界を創れたのだ」
その不条理。その理不尽。
「しかし、創ったそのあとでその神は思いついた。では、自分の生み出した神々は、己と同じように完全なる世界を創れるだろうか、と。ほんの思いつきだった」
なんてすばらしくて、なんて残酷な思いつきだろう。
「そうしてその遊び好きの天蓋は、その世界に条件をつけた」
「善と悪」
「そうだ。わたしたちは、その命に従って、正しい世界を生み出すことに専心した」
「だけれど出来なかった」
「そうだ」
ああ、この男は余の答えを、あるいはスプタン・マユの、あるいはあの聖なる天蓋の答えを知っている。知っているから尋ねるのだ。それは優しさであるようで無知であるようで、何とも言えず余には可笑しく思えた。
「知っていたのだよ、あの神は。善と悪を分けて世界を創ったところで、その世界が完璧になるはずなどないと知っていた。知っていて我らに命じた」
神は賽を振った。その賽子がなんの意味も成さないのを知りながら、その神は、余は、スプタン・マユは、永遠に、延々と賽を振り続けた。
「知っていたのだ。だが、突きつけられた」
「左門と天使ヶ原」
「そうだ。善と悪を分けることに意味はなかった。そんなことは知っていた。知っていて、余は、私たちは世界と造り続けた。だけれど、余の前には二人の人間が現れてしまった。一人は、憎しみという悪を持ちながら友という善を欲した召喚士。一人は、すべてに善を成しながら自らを悪に堕とすを躊躇わぬ少女」
善と悪、黒と白、世界と世界。その違いを越える存在。それは紛れもなく余の世界に住んでいた。
「この絶望。わたしは知っていた。この繰り返される天地創造は所詮神々のサイコロ遊びだと。だけれど、紛れもなく、その世界に生きていた人間に、余は驚嘆する。今更だ。今更だからだ」
余という悪の神を、わたしという造られた神を、その存在理由を捻じ曲げて、壊そうとするその存在を、私は知ってしまった。
「違うのだ。理解していたのだ。この善悪二元の世界創造はなんの意味もない、と。知っていながら我らは闘争し、競うように世界を創り続けた。だけれど、理解していた余に、彼らは知らしめた。理解していることと知っていることは似ているようで違う」
余はぼんやりとベルゼビュートの顔を眺めた。そうだ、理解と認識と認知はまったくの別物だ、と思いながら。
わたしは、今この男を認識しているだろうかと思いながら。
「あの二人は、お前を弱くした」
「そうかもしれない」
「お前は、あの二人に出会わなければ悪なる神として存在し続けられただろう」
「ああ、そうだ。きっとそうだろうな」
そうだ。だから、終わりが来る。
「あなたは負けてなどいない」
決然とした目で男は言った。
今日、その二人の人間が転生する。私たちはもうきっと交わらない。
今日、また世界は壊れる。時計は回り、時は逆巻き、世界は変わる。
「負けはしないさ」
余は小さくつぶやいて口元に酒杯を近づけた。
「これは勝ち負けではない」
男はそれを黙って聞いてた。
「何度終末を迎えても、何度新たな世界を創りだしても、余が負けることなどない」
赤い葡萄酒を一口飲んだら、妙に可笑しな気分になった。
「これはただの遊びなのだから」
どこにも勝者も敗者もいない、永遠のサイコロ遊び。
神々の、気紛れ。
「それでも俺は、あなたの世界を肯定する」
そう言うベルゼビュートに余は笑いかけた。ひどく嬉しく、ひどく悲しかった。
上手く笑えていることを祈りながら、わたしは祈るように笑った。
祈る神など、もちあわせてはいないのだけれど。
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あなたとわたしのの終末論
2020/06/14
「リバーサイド・ラヴァーズ」
「おしゃかしゃま」
「TERMINAL」
「fish」 など