君は地獄のような女だった。


a Hell of a Woman


「っはああ!?こちとらここまで完敗はないだろとかタカ括ってついてきて地獄堕ちの身なんですけど!?左門くん今のは言い過ぎじゃない?今なら訂正の余地与えるよ?」

 ああほら、やっぱり君は地獄みたいな女だ。
 手羽先の恨みを買ったときの方が地獄堕ちより五百倍は怖いじゃないか。

「君がそんなふうに言うなら暇だし昔話をしようか」

 そう、君は本当に、出会ったその日から地獄のような人だった。





 転校初日から、友人なんて絶滅危惧種みたいなものはできないだろうと思っていたし、そもそも作る気がなかった。
 何せ僕はアンリと友達になることに必死だったし、何よりも、アンリと友達になれないならたぶん人間の友達だってできないんだろうと思っていたから。
 本当なんだ。
 アンリと友達になるって僕にとってはそういうことだったんだ。
 誰かに認められる、誰かに相応しくなる。
 そういう生き方、肯定感、そういうものがすべてだった。
 だけど君はしつこいくらい僕に構って、ついには君は友達ではないものの、九頭龍くんたちが現れた。
 そこからの日々は地獄みたいなもんさ。
 いや、最初から、かな。
 君が僕に構い始めた時からずっと、それは地獄みたいな日々だったよ。
 まるで自分が普通の人間になったような、召喚士でなくても君は付き合ってくれるような、そんな錯覚さえ覚えるほどに。だけれど君は、そんな僕も、ついでに悪魔も、召喚士も、すべて呑み込んでしまった。  地獄みたいな話じゃないか。
 僕のちっぽけなプライドも、友達も、アンリと友達になることだって、君は軽々と呑み込んだ。
 地獄みたいな女じゃないか。





「傑作だよ。地獄みたいな女を地獄に堕とせたわけだからね!」
「さっきから意味分かんないよ、左門くん」

 天使ヶ原さんがこちらを見て言った。

「熱でもあるの?ってあるか!こちとら地獄に堕ちたんだぞ!!」

 ひたと彼女は僕の額に触れる。僕の額も、彼女の手も、もう人のぬくもりってやつを失っているから、僕らは確かに地獄に堕ちたんだ。

「ていうかそろそろ夕飯だよ。今日は当番がネビロスさんだからコーヒー付くよ。あとさ、左門くんもいい加減諦めて食事当番受け入れなよ」
「嫌だよ、知りたくもなかったよ、赤き竜どもに食事当番があるなんて。ていうか君の日は毎回手羽先なの何とかならないの」
「なんとか?手羽先は宇宙の真理なのに?」
「あ、それベルゼビュートに同じこと言って手羽先が一年分用意されたよね。あれ、あのタイミングならベルゼビュート倒せたよね!?」
「やだなあ、手羽先で世界は救えるけどさすがにベルゼビュートさんは倒せないよ」

 あ、世界は救えるんだ、という一言を飲み込んでいたら、広間の方からネビロスの声がし出した。夕飯だと告げて回っているんだろう。わくわくと今日の夕飯の献立を給食でも待つ小学生のように読んでいる天使ヶ原さんと僕のところにネビロスが呼びに来るまで、あと3分とないだろう。だから、僕は今日の夕飯の前に彼女にもう一度なぞかけをする。

「ねえ、今日は気分がいいからヘブライ語以外でしゃべってあげるって言ったよね?」
「だーかーらー!それが分かんないって言ってんのになーもー!」
「君は地獄のような女だ」


 今も、昔も、一緒にいた日々も、離れていた日々も、今こうして地獄に共に堕ちても。
 不思議そうにしている天使ヶ原さんに、僕はもう一度言った。もう夕食の時間だろう。


「地獄のような女だよ、君は」


(ほら、君はこの意味なんか一生どころか地獄に堕ちたって知らなくていいんだ)




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君は最高にいい女

2018/2/8