俺は聖人を愛している。
だから彼女は聖人である。
糸を引く人
聖人は俺を愛している。
だから彼女は聖人ではない。
「演繹法という論理の方法を知っているかい?」
アバドンの深淵で、俺は誰もいないそこで一人、自分自身を相手に、いや、
「ひとかたまりの糸の束があって、そこからその端を探し、その端を引っぱる。引っぱると糸はするするほどけていく。ほどけていくはずだ」
引っぱった結果がどんなものであるのか、想像を付けて引っぱるんだ。
するとそれはただの一本の糸であったという結論にならなければならない。
「この思考法の最も危険な部分は、前提が間違っている時だ。前提となる仮説が間違っている時、演繹の結論は誤りになる」
深淵に俺の声がこだまする。今まで俺が天に昇らせた聖人たちが沈黙をもって肯定するのが聞こえるような錯覚さえ覚える静寂だった。
「正しい論理を打ち立てた時、真から偽は生じない!であればこの条件を入れ替えてみよう!」
俺はジャンヌを愛している。
だから彼女は聖人である。
ジャンヌは俺を愛していない。
だから彼女は聖人ではない。
この仮説が真実なら、この仮説から演繹された結果も真実である。
「そうとも、この推論は初めから無効の推論だ」
この仮説が偽なら、この仮説から演繹された結果も偽である。
「さあ、次の聖人を、聖女を、探そう」
深淵に自身の声がこだました。
それが俺の使命。神に課された役割。
かつて天に昇らせたすべての聖なるものの喝采が聞こえる。
「狭き門より入れ!」
俺は糸を引き絞り門を狭くするモノ。
2017/9/5