きらきらと、冬のイルミネーションが市街を彩っている。
 くすくすと、笑う人々の楽し気な声が市街に満ちている。

 そんな道を、柔造と蝮は二人で歩いていた。もちろん、隻眼になってしまった彼女の死角をかばうように右側は柔造がキープしていた。繋がれた手は恋人つなぎだ。最初はそれすら恥ずかしがった蝮が、柔造にはどうしようもなく可愛かった。
 クリスマスにはまだ早い。だけれど街並みはクリスマス一色になりつつある時期だった。だからか、カップルや親子連れが多く、笑い声がそこかしこから聞こえる。

 不浄王の一件から一夜を経て、そうしてそれから柔造は蝮を口説き落とした。結婚には至らなかったが、今はこうして恋人というか、付き合っている。恋人というか、というのは、互いに互いのことを本当に愛して、それだけで今までの人生を生きてきたから、恋人というのは何か違うようにも思われたのだった。
 二人にとってこの時間は、すれ違った日々を、心を、時間を取り戻すという、結婚へと進む前にもう一度昔の通りの無邪気な愛を確かめ合う大切な時間だった。

「柔造、コート買ったらええんとちゃう?けっこうくたびれとるやん」
「じゃあ蝮ももっとキレイめなコート買うか?デート用」
「うん!」

 るんるん浮かれるように二人はショッピングモールに入る。

「これ似合うと思う。あー、でも色。柔造どっちの色が似合うやろ」

 そう言いながら、たくさんの店が入っているそこでまず入った男性物の衣料品店で蝮は一着のコートに目をつけて、同じ型の二色のコートを取ってみて、柔造に当ててみている。

「うーん、黒かな。仕事でも着るし」
「ほうやねぇ」
「ていうか蝮やっぱしめっちゃセンスええわ。よく見つけたな。これ試着してくる」

 などというやり取りのあと、押し問答のすえ、蝮が財布を出してそのコートを買ったのだった。

「クリスマス用に包んでもらえますやろか」
「かしこまりました。彼氏さん、いいですねー」

 気さくな店員に言われて、蝮は真っ赤になった。柔造はというと余裕の笑みで「そうですやろ」と言ってのけるから、やっぱりタラシだ、と蝮は思う。





 次に入ったのは女性向けのブティックで、なかなかこういったところに入ったことのない蝮がまごついているうちに、即決で一着のコートを持ってきた。キャメル色のAラインコートは、普段が蝮が着るようなものではなかったが、確かに似合いそうなものだった。

「これ?似合わんよ!」

 ぶんぶんと首を振る蝮に、「まあ試着してみ」と軽く言って柔造は店員に声をかける。女性物の店なのに気兼ねがないのはこの男の特殊能力のように蝮には思われた。
 あれよあれよという間に試着してみると、蝮自身もびっくりするほど、それはしっくりと彼女に似合っていた。

「わあ……」

 試着を終えて姿見を見ながら上機嫌でつぶやいた蝮に、お似合いですよ、と店員が声をかけて離れる。柔造も満足げにそれを眺めていた。

「な?俺は蝮に似合うもんなんでも分かるんやで」
「タラシ!」
「はいはい。赤も髪もコートも映えるからええかなと思うたんやけど、やっぱデートだけやなく普段使いしてほしいやん。この色なら毎日でも着られるやろ」

 そう言った柔造に、蝮は花が咲いたように笑った。可愛らしいことこの上ない。
 そのようなやり取りののちに、柔造はまた先ほどの店員に声をかける。やはり気兼ねはどこにもなかった。

「あの、これこのまま着せていきたいんですけどええですかね」
「もちろんです。お会計の時タグお取りしますね」
 そう店員が言ったところで柔造は蝮からそのコートを受け取る。
 自分のもんは自分で買うと彼女が言う前に、その店員とともにコートを持った柔造はすたすたとレジに行ってしまう。

「ちょっと、柔造!」

 声をかけたが、先ほどまで着ていたコートを着たり、着衣を整えたりしなければならない。そうしているうちに会計は終わってしまったようだ。

「ほい。そのコート脱いで」
「柔造!」

 有無を言わさぬその言葉に、しかし一度は反駁したが、新しく買ってもらったそのコートを広げられて、蝮はおとなしくコートを脱ぐ。そうしたら、まるで上等なホテルかどこかのように丁寧に袖を通され、着せられた。
 ボタンを留めると、店員に「素敵な彼氏さんですね」と言われてまたしても蝮は真っ赤になったが、「そうなんです」と照れながら小さく言った。それに柔造は満足げに笑っている。





「今日はありがとな」
「俺もコート買ってもらったし、ありがとな」
「クリスマスになったら渡すから」

 蝮がそう言ったら、柔造は笑ってつないだ手をブンと振った。

「きゃあ!急になんよ!」
「あんなあ、今日の俺の方のお前へのコートはクリスマスプレゼントちゃうねん」
「え?」

 不思議そうに言った蝮に構わず、手をつないだまま柔造はくすくすと笑った。

「帰るえ」
「柔造、ちょっとどういうこと?」

 それに答えず、柔造は彼女に他愛のないことを言いながら帰路につく。
 蝮もそれ以上は訊ねずに、他愛のない話に応じて、その平穏で平凡な時間を楽しんだ。

 柔造が用意しているきらきらした環は、クリスマスになれば蝮の手に収まるだろう。

 出張所や明陀周りは、なんだか早く結婚しろとか、リア充爆ぜろとか、じれったすぎてむずむずするとか言っている。

 だが二人は、
 今まであはあはと、しんしんと降り積もった悲しみを、
 今までずきずきと、ばちばちと付け合った痛みを、
 今までごろごろと、どんどんと過ぎ去っていった時間を、
 取り戻したい。

 そうして今は。
 きらきらと、くすくすと笑い合う日々をゆっくりと作っていきたい。

 だから思うようにならなくて、じれったいと思っている周りにはもう少し我慢してもらおう。

「なあ、柔造」
「ん?」
「愛してる」

 なんの呵責もなく言えるようになったその言葉に、同じ言葉を返す代わりに、柔造は蝮の唇にゆっくり口づけた。
 祝祭を前にした街の灯りだけが、二人を見ていた。


きらきら
くすくす
心も体も、思い通りに


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四苦八苦の末の幸せ

2017/1/13