「次も、また!必ず!」
彼は必死の形相でそう叫んだ。次もまた、必ず。
「駄目だよ、鬼男くん」
私は人を愛せない
「ウソをつくと、俺に舌を抜かれちゃうんだよ」
「嘘なんかじゃない!僕は、必ず!」
必ず?必ず、何だって?
「君はやっと解放される。輪廻の輪に還ることを俺が赦したんだ」
君はもう、原初の罪を覚えてはいないだろう。どうして、輪廻の輪から外れて冥府に繋ぎ止められていたのかなど、覚えてはいないだろう。もう何千年と前の話だ。
「つい昨日のことのようだよ。大罪を犯した君がここに来たのがね」
地獄にすら落とせない大罪。罪を雪ぐために、彼は俺の部下になった。冥府に繋ぎ止められて幾千年。漸く彼の罪は赦される。
「あんたは!僕がいないと仕事もしなくて!だから、僕がいないと!」
「そうかもね。まあでもこれからは、真面目に仕事しますよ、鬼男くんいないし」
ぼろりと彼の瞳から涙が流れた。鬼男くんの涙なんて久しぶりに見たかもしれない。
「転生してからも、それからも、次会う時…ってそりゃ君がもう一遍死んで裁かれる時だけどさ。君は冥府でのことを何一つ覚えていない。当たり前だって分かるよね?だって君は立派な俺の部下なんだから」
転生する魂は、真っさらにならなければならない。記憶なんて、もちろん抹消される。そんなものあったって、新たな生の妨げになるだけだ。そんな例を、俺も君も数え切れないほど見てきた。だから―
「分かるよね」
念を押すように微笑む。苦笑のようになっていたかもしれない。彼はまだぼろぼろと涙を流している。
「ねえ鬼男くん、約束するよ。君が俺を忘れてしまっても、俺は君を忘れない。絶対に」
「狡い、そんなの、あんたばっかり…!」
彼の涙が流れる頬に手を伸ばす。冷えた俺の手にはその滴がひどく温かかった。
「だからさ、鬼男くんも約束して?転生したら、きっと幸せになるって。そうしたら俺は、何も心配せずに仕事できるからさ」
「幸せなんて!そんなもの!僕はあんたといられればそれが一番の幸せなんですよ!」
俺も、と言いかけて口を噤んだ。彼はもう赦されていい。これ以上、彼の次の幸せを奪うことは俺には許されない。
「愛しているよ」
抱きしめようとして、俺はそれをためらった。もう、それは赦されない気がした。だけれど、最後の我侭。彼の唇に口付ける。
それは、彼の溢す滴のせいか、塩辛い味の口付けだった。最後の口付けがこんなふうなのが、少し悲しくて、そして少しおかしかった。
「もう時間だ」
「大王っ!大…王っ…!」
嗚咽混じりの声は、段々と小さくなる。清純な魂の色が彼の輪郭を浮き上がらせて、そして、融けた。
「次は、きっと幸せな生を―」
それでもきっと、俺は君を愛しているけれど。
「めんそーれ。名前は聞かないよ」
知ってるもーんと手元の書類を繰る。長い名前だった。
「ひどい罪だなあ。こんなんじゃ地獄にも落とせないじゃん。どうしてくれんの、俺忙しい」
書類の内容は惨憺たるものだった。これを天国になんてそもそも無理だが、これを地獄にだって送ったら、確実に呼び出しを喰らうだろう。冥府の王なんて、所詮は中間管理職である。
「仕方ないから、ここで働きなさいよ、お兄さん」
そうだね。ここで働くといい。その罪が、俺によって赦されるまで。
「前世の名前ちょっと長いなあ、呼びにくいし。って言うか名前って罪の証しだからね。なんか違う呼び方しないと」
ふむ、と暫し考える。正確には考える振りをした。そんなこと、決まっているのに。
「うん、いいの思いついたよ。短いし、呼びやすい!」
自分でも判るほどにっこりと笑う。笑えていると信じていたい。
「今日から君は鬼男くん!」
永久に繰り返す箱庭
私は人を愛せない―私は君を愛するだろう
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いろいろカッとなって書いた無限ループネタ。
2011/11/17
2012/7/31 pixivより移動(修正しました)