7月23日、今日も今日とて桃城と杏はストリートテニスコートに来ていた。昨年に引き続き、青学も不動峰も全国大会行きを決めているから、青学の副部長である桃城は、忙しい盛りなのだが、少しでも時間が空けば、ストリートテニスコートに来るようにしていた。   
 それもこれも少しでも杏と一緒にいたいから。それは杏も同じだった。

「それでマムシの奴がよう…」

 一段落して、ベンチで談笑する。杏はくだらない話でも笑顔で聞いてくれる。それは桃城にとって大きな支えだった。

「海堂くんだって頑張ってるんだよ。桃城くんがちゃんとサポートしてあげなきゃ」
「まあな。ところで不動峰はどうだよ?うまくいってるか?」
「大丈夫、よ」

 杏は薄く微笑んで答えた。
 今年の不動峰は強い。一昨年橘が創った新体制ということもあり、主力メンバーのほとんどが今年は3年生。そういうチームは今年は他に類を見ない。しかし、昨年の全国ベスト8が効いて新入部員は少なくなかったが、あらゆる意味で鉄の結束を持つ3年生と新1年生の間には顕在化こそしてはいないが、明らかな断絶があった。今年の不動峰は強い。しかし同等の脆さも持ち合わせていた。

「お前も大変だな」

 桃城はぽつんと呟いた。その3年生と1年生の間の溝を埋めるのが副部長の神尾と杏の役目なのだと聞いている。
 部長の伊武は基本的にこういうことに無頓着、というかむしろ助長してしまう傾向があるし、神尾は神尾で、ともすれば伊武以上に熱くなり、手が着けられなくなるタイプだから不動峰は常に仲介役を必要としていた。

(大体、石田とか森は何やってるんだよ)

 心中毒づくが、今の不動峰テニス部の3年生と橘の間には言い尽くせない絆があり、そこに入り込むことは誰にも出来ないのだ。
 そう考えると眼前の少女の微笑みが、痛々しくすら感じられる。同時に、彼女に何もしてやれない自分が歯がゆくもあった。

「無理はするなよ」

 念を押す様にこう言うことしかできない。しかし杏にとってはその一言が大きな支えなのだ。

「大丈夫。深司くんもアキラくんも頑張ってるから」

 そのセリフに、桃城はツキリと胸が痛むのを感じた。いつもそうだ。杏は伊武と神尾のことを名前で呼ぶ。それだけではない。不動峰のメンバーといるとき、杏は自分には見せない表情をしている、と桃城は思っていた。不動峰3年生の結束と同じように、杏と不動峰の面々の間にも切っても切れない絆がある、というのは否定できない事実だった。

「止めだ止めだ。暗い話は苦手なんだよ、俺」

「そうね」

  スポーツドリンクを呷って桃城は思い出した様に言った。

「そう言えば俺、今日で15歳だ。お前と同い年だぜ」

  もう姉貴面すんなよ、と付け足すと、杏はパッと顔を上げた。

「聞いて、ない」
「あ?」
「聞いてない!」

 予想に反して杏は声を荒げた。

「桃城くんは私の誕生日知っててお祝いしてくれたのに、私は知らなかったなんて…」

 ぴたりとヘアピンに触れる杏。星の連なる可愛いそれは、誕生日に桃城が贈ったものだった。

「そりゃ、俺は乾先輩に聞いたから…」

 言葉を濁すが杏の機嫌は一向に治らない。ムスッとした表情のままの杏に桃城は少しだけ腹が立った。

「大体俺の誕生日なんだぜ?なんでお前が怒ってるんだよ」

 口を尖らせて言うと、杏はハッとして桃城を見返した。

「ごめんなさい…誕生日も知らなかったのに怒ったりして…」

 打って変わってシュンとしてしまった杏の姿に思わず胸が騒ぐ。

(何だよ、こんなに可愛いなんて、反則だろ!?)

 そんな桃城の胸の内など知らずに、杏は困った様に首を傾げた。

「どうすればいい?」
「え?」
「桃城くん、何かして欲しいことない?」

 破壊力満点の顔で言われて桃城は思わず目をそらす。

「えーっとな…」
「うん」

 目をそらしたまま暫し考える。して欲しいことはたくさんあるが、考えはまとまらない。
 チラリと杏の顔をうかがってふと思い出した。杏に言ってみたいことがあるではないか。

「なあ、じゃあ一つ頼んでもいいか?」
「もちろん!」
「今日だけでいいから、俺のこと名前で呼んでくれ」
「それだけ!?」
「おう、ダメか?」

 ちょっと眉を下げて言った桃城に杏はぱたぱたと手を振る。

「そんなことでいいのかなって思って…」
「そんなことじゃねえよ。結構、大事なことだぜ」

 真面目な顔で言われて杏はちょっと緊張する。

「頼むよ」
「えっと…武…くん」

 照れながらそう言うと桃城は満足げに頷いた。それから呼ばせた名前に自分で照れだした。

「何か、照れるな」
「武くんが呼べって言ったんじゃない…あ、そうだ。武くんも私のこと名前で呼んでよ。私が『武くん』って呼んでも橘妹じゃ割に合わないわ」
「え、ああー、じゃあ呼ぶぞ」
「そんなに力まなくてもいいじゃない」
「緊張、するんだよ…杏」

 不意に呼ばれて杏の顔は真っ赤になった。

「照れるね」
「だろ?」

 そう言って二人で笑い合う。夕陽の中で杏は桃城の目を真っ直ぐに見つめる。

「誕生日おめでとう、武くん!」


call my name!!




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青春過ぎる!青い!!
2011/7/23