全国大会決勝ー
乾のあまりの惨状に、杏は目をぎゅっと瞑った。それをさせる柳に目の奥が赤く染まる。
(どうしてー)
青学の越前の勝利により、劇的な最後となった決勝戦の後、杏の足は自然と柳の元へと向かった。
立海のメンバーから少し距離を置いたところに柳はいた。
(来た…か。)
彼女が他の立海のメンバーに見つからないうちに集団を離れ、杏に近づく。
「どうかしたか、橘くん。」
心中を悟られないようにゆったりと話しかけると、杏はその大きな目を瞬かせた。
「どうして止めなかったんですか…切原くんのこと。」
問は自然と杏の口をついて出た。
「立海を勝たせるためだ」
至極当然という風に、柳はそう答えた。その言葉には後悔も懺悔も含まれていないように思えて、杏は目の奥がまた赤く染まるのを感じた。
「何も」
「何もあそこまですることなかったじゃない、と君は言う。」
「…!?」
「違うか?」
悲しげに伏せられた目に、柳は一つため息をついた。
「…あんなプレイ…スポーツじゃないわ。」
「だとしたら君のお兄さんのプレイもスポーツではないな。」
辛辣な柳の返答は驚くほど冷たい。
「それは…」
「違わない。相手の体を狙うラフプレイだ。そこに相違点はない。」
低くそう言った柳の顔を見上げた杏の視線は鋭い。どちらからも言葉が出ずに、重い沈黙が流れた。
「お兄ちゃんのこと、認めてくれたあなたなら、止めてくれると思った」
沈黙に耐えかねて、そう呟くと、柳は苦しげに顔を歪めた。
「お兄ちゃんのプレイは確かに危険。でもそれをお兄ちゃんは封印してきた。その事を理解した上でお兄ちゃんを認めてくれたあなたなら」
「貞治は…」
まくし立てる杏を遮る様に柳はぽつりと言った。
「貞治は俺の幼なじみだ。」
「え…?」
「乾貞治は俺の幼なじみだと言っている。」
突然の告白は杏を混乱させた。
「なら、だったらなんで…!!」
「幼なじみに、怪我を負わせたいと思う奴があるか!」
ガンッと柳は壁を殴った。ジリジリと照りつける太陽が今は恨めしい。
「俺たちは勝たなければならなかった…常勝の名に背かぬために勝たなければならなかった!」
吐き出すように叫んだ台詞に杏はびくりと肩を震わせる。同時に、目の前の長身がみるみるうちに小さくなってしまうような錯覚に陥った。
「目の前で幼なじみが血に染まっていくのを、何も感じずに見ていられる奴があるか!俺はそんなに強くない。そんな強さはいらない、俺は」
「もう、いいですよ。」
それはあまりにも悲痛な叫びだった。
王者立海ー誰がそんなことを言い出したのだろうと杏は小さく思う。その内実は他校となんら変わらない中学生だというのに。
「すまない、つい…」
「いえ、私こそ何も知らないくせにいろいろ言ってしまって…」
勝利にこだわって、あばれ球の封印を解いた兄の苦悩を、杏は知らない訳ではない。柳の姿はそれにぴたりと重なる。
その事実に杏は呆然としてしまった。この男の抱える苦悩の計り知れないことーそれを思えば、先ほどの言葉はあまりに軽率だった。
「…ごめんなさい。」
「なぜ謝る?」
「だって私、無神経過ぎました。乾さんのことも柳さんのこと…も…」
言いながら杏は泣き出した。はらはらと頬を伝う涙に柳はうろたえた。
「!!…なぜ泣く?」
「だって…柳さんもお兄ちゃんも…泣かないから。」
「…っ!」
「代わりに…出来ること…なんて…これくらいしか…ないから。」
そう言って涙を流す杏を柳は思わず抱き締めた。
「…!?」
「ありがとう…」
他意はない。ただ単純に嬉しかった。自分の行いを目の前の少女が肯定してくれた。諾、その涙の深さに酔いしれる。
「そんなこと…言うくらいなら…泣けば…いいのに」
しゃくりを上げて言う杏を抱き締めたまま柳は薄く笑った。
「泣くものか」
君が泣いてくれるなら―
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ごめんなさい。相変わらずオチが無いです…柳杏というより柳→杏だったりして。柳は対乾で悩んでて欲しいなぁという妄想。今回は意味不明すぎたので続きます。次で終わらせる!予定です…;
2010/11/10