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「けじめたい」

そう言って彼の打った球を右目に当てた時、不動峰テニス部の部長という立場がガラガラと崩れる音がした。


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『全国区の橘さんに―』
『命に代えてもな―』

一球一球打ち返す度,後輩たちの科白が脳裏をよぎる。
一方で封印してきたあばれ獅子を使って千歳と勝負をしている高揚感が抑えきれないのもまた事実。

俺は、何をしている?

―俺は千歳の死角には打たない

誓いめいたそれと命掛けで闘った後輩たち。
チームに一勝を齎すことが俺の使命の筈なのに、俺は千歳の死角に打っていない。だが千歳の死角に打つことは、テニスを辞めるのと同義だ。

猛攻あばれ獅子―

俺は不動峰を勝たせるためこの封印を解いたのだろうか。それとも千歳と闘うためだろうか。

判らない。解らない。

だが少なくとも、右目に打球を受けた時、俺の中で不動峰テニス部は揺らいだ。相手の死角を狙って勝ちにいくのはテニスの基本だ。それを俺は止めた。それは多分、もうフェアプレイじゃない。そして、あいつらの為に勝ちを与えるプレイでもない。

じゃあ俺は、千歳ともう一度、イーブンな場所で戦いたかっただけなのか?

違う、違う、違う―

俺はあいつらの部長だ。
俺は千歳から右目を奪った。

葛藤と、無我に踏み込んだ千歳を前にした高揚感がない交ぜになって押し寄せる。

俺は何をしている?

自嘲めいた問を反芻しても、答えは出ない。

リミッターは外れている。だがこれはフェアプレイじゃない。その先の一歩、どちらを選ぶべきなのか俺には判らない。

試合終了を予告する千歳の声が聞こえた。

最後の一球。次で決まると予告された球ー

「橘さん!!」

叫びに俺の体は自然と反応した。

昔封印した独特のフォーム。渾身の力で放ったそれは真っ直ぐに千歳へと向かう。

「桔平ー!!」

親友の叫びと共に返ってきた打球を俺は追わなかった。彼が打球を返せるのは分かっていたから。

あばれ球―

ずっと封印してきた球。
それは目の前の親友から右目を奪った球。

それを俺は打った。
でも俺は彼の死角にそれを打たなかった。

結局、俺は何がしたかったのだろう。

再び友とコートに立てた充足感と嬉しさが込み上げるなか、どうしようもない問が首を擡げる。

「橘さん…」
「すまん、負けてしまった。」

ベンチに戻って言えたのはそれだけだった。


ミンミンとうるさく蝉が鳴く。全国大会が終わって、なんてことない夏休みが戻ってきた。
不動峰の黒いジャージは、夏の強い日差しを吸って部員達の体温を上げていた。

あれから、千歳との試合が終わってから、部員全員が揃う練習はこれが初めてだ。
部長を決めて、仕事を引き継いで…やるべきことは頭の中をぐるぐると回るが俺の動きは緩慢だった。
悶々とした思いのまま練習は終わり、全員が部室に集まった。

言わなくてはならない事があるー

6人の顔を見回して、そう思った時だった。

「…橘さん!!」

不意に神尾が口を開いた。

「な…何だ?」

見れば6人全員がこちらを見ている。

「その…千歳さんとの試合、まだ気にしてるんスか?」
「な…」

唐突に核心をつかれて俺は面食らった。真剣な面持ちの面々を前に適当な言い訳は通用しそうもない。言葉が出てこなくて突っ立っていると、今度は深司が呟いた。

「あばれ獅子っていうんですね、あれ。あと…あばれ球。杏ちゃんに聞きました。」

そう言われた時、ガーンと頭を殴られたような気がした。こいつらは全部知ってる。

千歳の死角に打たなかったことも
俺が打った球の意味も

「俺…は…」

言葉が上手く出てこない。ゆっくりと全員を見回して俺は思わず俯いた。

「俺はお前たちを勝たせてやれなかった…やらな、かった。」

拳を握り締めて唇を噛む。私情に動かされて、勝たせてやれなかった。やらなかった。それは揺るがぬ事実だ。

「そんなこと、ないですよ」

頭の上から石田の声がした。

「そんなこと、ない。だって橘さんが最後に打ったあばれ球は…その,千歳さんの目を傷つけた球なんでしょう?それを橘さんは打ったんだ。」
「そうだ。橘さんは俺たちを、不動峰を勝たせようとしてたじゃないですか!」
「親友を傷つけた球を打つのが、どんなことかくらい,俺たちだってわかります!」

続けた桜井と森の目には涙が浮かんでいた。

「だが…俺は負けた。お前たちを勝たせてやれなかった。」
「…あんたは俺たちをどん底から引き上げてくれたじゃないですか?あんたがいなかったら、俺たちはこんなとこまで来られなかった。」

涙混じりの内村の言葉に、弾かれたように顔を上げればそこにはいつもの6人の顔があって、奥には掲げた目標『行こうぜ全国』

「橘さんがいなかったら俺たち、全国なんて行けなかった。ベスト8ですよ?ここまで来たんです、俺たちは。」

神尾に言われて振り返った日々は、決して生易しい物ではなかった。

それは自分にとってもゼロからのスタートだった。
千歳を傷つけた日、リセットされたテニス。
もう九州二翼じゃない。不動峰テニス部としてやってきたテニス。

結局あの試合で俺は何がしたかったのか。それは今でもわからない。でも、少なくとも俺は、不動峰テニス部の部長だと、目の前の6人が示している。それは驕りじゃない。むしろ重い物だ。けれど、その重さが、不動峰テニス部で手に入れた物だと今なら言える。




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意味不明に終わります。橘さんはあばれ球を打つのに相当悩んで欲しいという話でした。
けじめとか言ってるけどよくわからなくなる橘さん希望。というより峰オールで萌えの掃き出しです。
兄+杏に続いたりします。