全国大会の決勝、柳さんの目の前で泣いたのは記憶に新しい。


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(あの時は、突然抱きつかれて驚いたな)

 思い出しただけで上気する頬をぺしぺしと叩く。

「よし、行くぞ。」

 言い聞かせるようにそう言ってお気に入りのキャミソールに袖を通した。

「お兄ちゃん、出掛けるわね。」
「またあの本屋か…何で毎日毎日通ってるんだ。ウチの近くにも本屋くらいあるだろ。」

 兄の質問には答えない。というか答えられない。
 柳さんのことが気になるから?なんて言ったらどんな顔をされるか分かったもんじゃない。
 柳蓮二さん、それが私の目下の興味対象だった。
 兄を認めてくれて、自分自身のラフプレイに悩んでいた柳さん。その姿に兄が重なったからか、あの日以来柳さんのことが気になって仕方がない。

(だから毎日通ってるなんて…言えるわけないじゃない)

 その気持ちが何なのかを確かめるために、コートの外で初めて出会った本屋に通い詰めている。それはあまりにも滑稽な気がした。いっそ自分で笑ってしまいたい。それでも通わずにはいられない程柳さんが気になる。

 今日も定位置の雑誌コーナーに居座る。

(そんなに気になるなら立海に行けばいいじゃない)

 聞こえた心の声を今日も無視。それは分かっていることだった。会いたいけど、会いたくない。この気持ちの名前を知りたいけど、知りたくない。だって本当に会いたいなら、なんで女性向け雑誌コーナーなんかにいるのだ、というものだ。文庫コーナーでもうろうろした方が柳さんに会える確率は上がるだろうし、何より柳さんがこのコーナーにくる確率は極めて低い。
 言ってしまえば怖いのだ、この気持ちに名前を付けるのが。

  だから会えそうで逢えないギリギリの線で足踏みしている。

  今日もカラフルなファッション誌のページをめくりなからそんなことを考えた。

(臆病者!)

 そう自分を揶揄してみても何も出てきやしない。
 腕時計に目をやって、そろそろ帰ろうかしらと思ったその時だった。

「橘くん…!?」
「柳…さん?」

 思わず持っていた雑誌を取り落としてしまう。何を思ったのか柳さんは雑誌を落とした私の手首をつかみ、歩き出した。

(どうなってるのよ!)

 全く状況が掴めない混乱した頭のまま喫茶店の席に座らされる。
 注文を取りに来た店員に私はアイスティーを、柳さんはブレンドコーヒーを頼み、また沈黙が流れる。

「あの…柳さん…?」
「…ああ、すまない。また無理やり連れてきてしまったな。」

 アイスティーとコーヒーが届いたのを期に思い切って話しかけると、柳さんはそう言って薄く笑った。

「あの…」
「何か用ですか、と言うつもりなら君と話がしたかった、が返答だ。」
「え…?」

 突然の告白に、私もです、とは言えなかった。

「えーっと。」
「全国大会の時は、悪かったな。」
「え…いやむしろ私の方こそすみませんでした。柳さんと乾さんのこと知りもしないで土足で踏み入るような真似して…」
「そんなことはない。あれで俺もいっぱいいっぱいでな、君に随分助けられた。」

 そう言ってふっと笑った柳さん。先程から話の接ぎ穂を摘まれている気分だ。

「君があの時泣いてくれなかったら、俺は立ち上がれなかっただろう。」

真面目な顔でそんなことを言われて、パッと顔を上げる。

「そんな…大げさです。」
「大げさでもないさ。本当の事だ。」

 言われた台詞に顔が赤くなるのを感じた。

「良かった…」

 思わず、自分でも驚くほどぽつりとそう呟くと、眼前の柳さんが首を傾げた。

「何がだ?」
「え…あの…決勝のとき、ボロボロ泣いたから、嫌われちゃったかなと思ってたから…」
「嫌っていたら、抱きつくと思うか?」

 そう言われて、更に顔に熱が集まるのを感じた。

「忘れて下さいっ!!」
「忘れられないな」

 押し問答をしながら、だんだん姿を現す感情に、私は愕然とした。

(お兄ちゃんと重ねてたわけじゃ、ない)

 だって実の兄にこんなことを思うだろうか。こんな?

(好きだ、なんて?)

 その感情の名前を見つけてしまって、どうしようもない程、私は焦った。駄目、と押し殺すように自分に言い聞かせる。

「氷が溶けるぞ。」
「柳さんこそ、コーヒー冷めますよ。」

 掛けられた声に苦笑してストローに口をつける。

「橘くん…」
「はい?」
「あ…いや、その…あの書店は君の家から近いのか?」
「え、えーっと…近いといえば近い…かな?」
「何だ、それは。」

 まさか、あなたに会う為です、なんて言えない。

(この気持ちはしまっておかなきゃ、駄目)

「橘くん。」
「はい。」

 心の中の不誠実な想いを見透かされないよう、視線だけは真っ直ぐに柳さんを見返す。

「好きだ。付き合って欲しい。」
「…っ!ほんと…に…?」

 突然投下された告白に思考が追い付かない。

「やはり駄目か?」

 そう言って眉を下げる柳さんがジワリと滲む。

「なっ…!?」

 また泣いてしまった。滲んだ視界の向こう側で柳さんが困ってしまっている。

「すまない…泣くほど嫌だった…か…」
「ちっ違います!嬉しくて…まさか柳さんにそんな風に言ってもらえるなんて思わなくて…」

 私の一方通行じゃなかったことが嬉しくて、涙が溢れる。

「!!では…」
「はい、私も柳さんが好きです。お付き合い、して下さい。」

 涙は止まらなかった。でも今までで一番の笑顔で柳さんと私のお付き合いは始まった。




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同じ時間軸で二人の視点でした。出会いから付き合うまで早すぎないか?と思いましたが、何せ参謀の一目惚れだったので…一応拙宅の柳杏はこれが基本になるかと思います。柳さんの方が好きの分量が多め。べた惚れな参謀と無自覚乙女の組み合わせです。二人の視点で書くことで、少し冗長になってしまいました。お付き合いいただきありがとうございました。

2011/11/17