手をつなごう
君と、手をつなごう
跡部さんと!
桑原さんと!
不二さんと!
跡部さんと!
「げ」
杏はおおよそ花の女学生とは思えない言葉でもって、その街中で会うとは全く思っていなかった男に反応した。
「女のコの使う言葉遣いじゃねーな」
橘妹、と続けられて、この渋谷だの新宿だのというこの男が絶対いるはずないというか、杏が友達と待ち合わせて買い物に行くような街にいるはずがないとわりと本気で信じていた男に、杏は今日は槍でも降るんだろうかと思った。
そうして、青天の霹靂、と国語の授業で習った言葉を思い出す。
「跡部……さん」
「オイ、今呼び捨てようとしただろ」
辛うじてつけた「さん」という尊称は、彼が年上だから、という常識に照らしたそれだったが、その跡部その人の言う通り、呼び捨ててしまいそうになったのは間違いない。
「跡部さんもこういうところに来るんですね?買い物?」
「は?そこのビルに用事があるだけだ」
そう言って彼が指差したのは、明らかに商業ビルではない。オフィスビルに用事のある中学生…と杏はしみじみ彼の特異性を思った。
「お前っ」
そうぼんやり考えていたらグイっと手を引かれる。人でごった返すその街並みの中でぼんやりしていたから、人波に流されそうになったのを彼が引き留めたのだった。
乙女ゲームじみている、と思いながら、だからと言って何が起こるわけでもないその住む世界の違う男の手は、だけれどテニスプレイヤーらしい武骨な手をしていた。そのことに、杏はなぜか安堵した。
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中学生?ゲームのヒーロー?それともテニスプレイヤー?
桑原さんと!
「あ、橘の妹さんだ」
ふと掛けられた言葉に杏は振り返る。振り返れば、都内ではないそこ、そして掛けられた声の低さと特徴的な外見に、それがジャッカル桑原だとすぐに分かった。
「不思議な感じがします」
「え?俺何かした!?」
ただ見かけたから珍しいなと思って声をかけただけの少女からまじまじと見つめられたうえで言われたそれにジャッカルは混乱した。
「いや、大抵のテニス部の人は『橘妹』って言うので。妹さんってなんかすごく不思議な響きです」
「いや、うん、真田とか仁王ならそうかもしれねーけど俺ちょっと呼び捨ては無理かなと。名前知らないし」
呼び捨ては無理、というのはどういう意味だろうと杏は思うが、感覚がマヒしているのは彼女の方だろう。普通、知り合い、しかも対戦校程度の知り合いの、さらにその妹を「妹」だの「橘」だのと呼ぶ方が、人としておかしいだろうというジャッカルの感覚の方がはるかに真っ当だ。
「こっちに用事?」
「あー、オープンキャンパス的なあれですね」
時刻は昼時。午前で終わったそれから帰る前に、適当にハンバーガーショップにでも寄ろうかと、と杏はそのいつもと違う場所での唐突な「知り合い」との出会いの中で、そのようなことを話していた。そうしたら、ジャッカルはふと杏の手を引いた。
「じゃあついでだからうちで食ってけよ」
「え?」
「この辺、ハンバーガーショップとかないけど」
言葉少なに言って苦笑した彼が「四つの肺を持つ男」なんて言われる狂暴なテニスプレイヤーには、どうにも杏には思えなかった。
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とりあえず、苗字に続く名前を教えて
不二さんと!
「橘さん?」
都内の大型書店の入り口で偶然に見かけた少女に不二は声をかける。
「あれ、不二さん。奇遇ですね」
そう言って、杏はパっと購入済みの本の包みを隠す。袋の中なのだから見られたって何ら問題ないだろうに、と思うと、その行動が不二には可笑しかった。
「恋占いの本でも買った?」
「っ〜!なんで分かるんですか!?」
読心術なんて使えやしないから、からかい半分で適当に言ったら簡単にひっかかるこの年頃の少女が買う占いの本、というのは、不二の興味をそそるには十分だった。
「どんな占いの本?」
「あー!もう!クラスの友だちがこの占い師さんは絶対当たるからって」
だから私の意志じゃなくて、と続けたい言い訳を飲み込んで、観念したように杏はその書籍を袋から出して渡す。なんとなく抗い難いのは彼の雰囲気か何かだろうか。
そうして渡して見せられたその本に不二の細められていた目がふと大きくなる。
「うん、これは当たるね」
「え?不二さんも知ってるんですか?」
というか占いとか見るの?と言った杏の手に本を返すと同時にその手を取る。
「うん、当たるよ。賭けてもいい。お礼にお茶でもおごるよ」
「お礼……?」
賭けてもいいとかお礼にとか、その占い師が彼の姉なのだと知らない杏にしてみれば何のことだかさっぱりなのだが、不二はそんなこと一言も言わずに、結局二人は近くの喫茶店に入った。
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恋占い、その星回りは誰を示す?
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杏ちゃん誕生日おめでとう!半年遅刻!(今年も6月カウント)今年は三年生+呼び方三種でした。
2019/10/22