今まで、自分の誕生日が祝日だということに、取り立てて感慨もなかったが、今年は少し様子が違っていた。 
 祝日だと友人に祝ってもらえないとかそういう考えは元々ない。そこまで祝ってもらいたい相手などいなかったし、騒ぐのもあまり得意ではないから、反って都合がいいくらいだ。
だが今年は違った。今、手に感じる温かさ。それが全て。


君のトクベツ


『深司くん、明日、空いてる?部活はないってアキラくんに聞いたんだけど、何か予定入ってた?』

 昨日の9時過ぎ、携帯にかかってきた電話の主は杏ちゃんだった。

「空いてるよ。ていうか空いてなくても空けるし。大事な彼女のお願いなんだからどんなことしたって空けるさ。」
『あっ、あんまり恥ずかしいこと言わないでよ。』

 電話口で頬を紅く染める彼女の姿が容易に想像できて、思わず口元が緩む。俺と杏ちゃんは付き合っている。一応橘さん公認だが、神尾を初めとするテニス部のメンバーはそのことを知らない。別に隠している訳ではないが、知れたら知れたで、発狂しそうなヤツもいることだし、とりあえず黙っている、というのが現状だ。(森あたりは気づいてるんじゃないか、と思うようなことを言ってくることもあるし、案外神尾以外にはばれているのかもしれないが。)

「で、お姫様は何がお望みなのかな?」

 わざと少し低い声で言うが、いつもの様な効果はなく、ため息をつく音がした。

『深司くん、やっぱり忘れてる。』
「………何を?」

 一拍どころか数拍間を置いてみたが思い当たる節はない。素直に聞き返すと、杏ちゃんは少し呆れた様に、だがどこか楽しげに言った。

『明日は、深司くんの誕生日でしょ?』

 そう言われて今更のように思い出す。そういえば、明日は11月の3日、自分の誕生日だ。確か妹たちがケーキを焼くとかなんとか言っていた。

「そういえば、そうだね。」
『男の子ってみんなそんなに自分の誕生日とか無関心なの?でも、予定は入ってないんだよね?』
「ああ。大丈夫だよ。」

 念を押すように聞く彼女に答えると、今度は安心したように息をつく気配がした。

『じゃあね、明日、深司くんの行きたいとこ行こう!』

 きっと花が咲いたような笑顔なんだろうと思える声音で言った杏ちゃん。だがしかし、その突然の提案は俺の動きを止めるには十分なものだった。

「…」
『…えっと…深司くん?…ダメ…かな?』

 大層困った様子で問いかけられて柄にもなく慌てる。

「ダメじゃないよ!嬉しいんだけど…さ、急に言われてちょっと驚いただけ。君と行きたいところなんていっぱいありすぎて、すぐには思いつかない。」

 言い繕いながら、様々な場所が頭の中を駆け巡る。遊園地、映画、ライブ、二人で街をぶらつくのもいいかもしれない。だが、ふと思いついた場所に『これだ』という気分になって口を開いた。

「じゃあさ…」


祝日ということもあって、人通りはそれなりにあった。はぐれないように繋いだ手を確かめる様に握り直す。

「深司くん。」
「なに?」
「ほんとにいいの?」

不安げな視線を受けて思わず微笑んだ。

「俺の行きたいところ、でいいんでしょ?だからいいの。」


目的地に着くと、やはり杏ちゃんは釈然としない様子でこちらを見上げてきた。

「深司くん、やっぱり映画とかの方が…」
「いいの。」

きっぱり言い切って背負ったテニスバッグを軽く揺らした。


目的地というのはストリートテニスコート。昨日、どこに行きたいかと聞かれていろいろと思い浮かんだのだが、結局俺はここを選んだ。
「誕生日なのに…」という彼女の言葉を押し切ってここに来たのにはちゃんとした理由があった。

「…神尾とか桃城とは打つんだろ?でも俺と打ったこと、ないじゃん。だから一回くらい杏ちゃんと打ってみたいなあって思ったんだけど。誕生日なのにこんなとこしか選べないの?とか思ってるんだろうなぁ…あーあ、それくらいなら初めから…」

「違うの!私も一回深司くんとはテニスしたかったんだけど…なんか…気、使わせちゃったかなって…」

少し俯き気味に言った彼女に知らず口端が上がる。

―彼女は知らない。俺の中にある驚くほど暗い独占欲を。
神尾や桃城、跡部は言うまでもないが、俺は橘さんにさえ嫉妬する。彼女のプライベートに自分よりも深く関わっているということが許せないのだ。
知られてはいけないけれど、知らせてしまいたい暗い独占欲。


「いいの。気なんか使ってないから。俺は杏ちゃんとテニスがしてみたい。それとも…」

俺とじゃイヤ?と俯いた耳元で囁くと、見る見るうちに囁いた耳元が紅く熟れた。

「そっ、そんなことないよ!行こう!」

真っ赤な顔でぐいぐい俺の手を引く彼女が可愛いくて仕方ない。首を擡げた独占欲が満たされる様な気がした。


「深司くんの球…ギリギリなのが多くて返すの難しいね。」

テニスも一段落して、買ってきたスポーツドリンクを手渡すと、感嘆にも似た調子で言った。

「それを言うなら杏ちゃんだってびっくりするくらい打球が重いよ。」
「…ほんと?」
「俺はいくら自分の彼女にだって、ほんとのことしか言わないよ。知ってるでしょ?」

そう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。

「深司くんに言われると、やっぱり嬉しい。…でも」
「でも?」
「…私とじゃ、退屈じゃない?深司くんスポットとか使ってないでしょ。」

 こてんと首を傾げた彼女。微かに揺れる視線が愛しい。

「そんなことないよ。ていうかそんなこと、杏ちゃんが気にしなくてもいい。俺は楽しかったよ。杏ちゃんは楽しくなかった?」
「楽しかったよ!…うん、深司くんも楽しかったって言ってくれるなら嬉しい。何だか私ばっかり楽しんでたのかなって思っちゃって。今日は深司くんの誕生日でしょう?」

 そうやって気を回してくれるのが嬉しいのだ、と伝えてしまえばいいのだけれど、少しもったいない気がして黙っている。誕生日だとかそういうことを無視しても、彼女のテニスをする姿を見られたこと、一緒にテニスができたこと、それだけで俺にとっては十分なのに、それ以上を与えてくれる彼女に頬が緩んだ。

(まあ、それが余計に…)
―独占欲に火を点けるのだけれど

 うっそりと立ち現れた暗い考えをしまって、スポーツドリンクを飲み干した。それを見計らった様に、杏ちゃんに手招きされて人目から離れた場所に行く。

「どうしたの?」
「えっとね…」

 わずかに俯いているが、その顔が紅潮しているのが分かる。

「…これ、誕生日プレゼント。気に入らなかったら、返して。」

 すっと差し出された可愛らしいラッピング。少し重さがあるそれのリボンに手をかけた。

「開けていいんだよね。」

 こくんとうなずいた彼女を見遣ってリボンを解く。

「…!!」
「そういうの…好きじゃないかな…?」

 中身はシルバーのリングをトップの代わりにしたチョーカーだった。その輝きにしばし無言でそれを見つめる。

「気に入らなかった?」

 不安げな顔で見上げる彼女を余所に、俺はそれを首につけた。

「すごく気に入ったよ。ありがとう。」

 そう言うとぱあっと彼女の笑顔が広がる。

「つけられる時だけでいいから、つけてね。」
「大事にする。」

 そう言って、彼女の柔らかい髪に口付ける。

「っ…深司くん、見られちゃう…よ…」

 恥ずかしがる彼女の姿も愛しくて俺は彼女の頬にも、首筋にも触れるだけの口付けを落としていく。

(出来すぎ…だよなあ…)

 彼女が用意してくれた誕生日プレゼント。リングにチョーカーなんて、俺のことを独占したい気持ちが彼女にもあるのではないかと俺の脳の楽天的な部分が考える。

 今年の誕生日は、思いがけず、今までで最高の誕生日になった。こうやって君を独占できるなら、祝日が誕生日だっていうことが、輝いて見える―


俺のトクベツ




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深司誕生日にギリギリ間に合いました…ギリギリでごめんね…しかも誕生日なのにあんまりラブラブじゃないし中途半端…。深司のどす黒い独占欲が…まぁうちの深司は独占欲強いですが…それにしても双方のキャラ崩壊っぷりが半端じゃないですね。すみません。杏ちゃんの選んだリングとチョーカーは無意識です。独占したいとか思って買ったわけではありません。ちなみに、お揃いのリングを杏ちゃんも持ってるんだけど、恥ずかしくて言い出せないという裏設定があったりします。とにかく深司、誕生日おめでとう!!
2010/11/3