Dance Dance Dance
銃口は、己の兄に向いている。彼の向ける銃口もまた、こちらを向いている。
「お前は、何故ここに立つ」
「兄さんこそ、なんでここにいるの!」
『虎龍の幹部としてか』
彼の口からこぼれたのは流暢な普通話だった。僅かばかり、上海訛りがあるかもしれない。
「妹としてよ!あなたたちの!」
その声を正確に聴き取って、私はなお日本語で叫んだ。引き金に掛けた指が震えた。
「撃ったの」
指先から伝播して、声は震えた。
「千里さんを…撃ったの…?」
「だったら」
「私がここで兄さんを撃つわ」
もう一度、引き金に掛けた指に力を込める。いつでも撃てると思った。彼の返答によっては、迷いなく撃つべきだと思った。
「知れば、戻れなくなるぞ。お前は確実に虎龍を追われる」
要らない。幹部の座も、富も、名声も、何もかも、要らない。それで、ファミリーを追われるとしても、反逆の罪を負うことになったとしても、もし、撃ったと言うならば、彼を許すわけにはいかなかった。
「撃っていない」
彼は銃を構えたままでそう言った。偽りのない視線だった。
「じゃあ、どうして!」
じゃあ、これはなんだ。血の付いたマテバ。この界隈で、マテバを使うのは、きっと彼と私だけだ。照準が僅かにずれただけではずれてしまうマテバを使う物好きなんて、きっと私と彼の二人きりだ。
「もし、千歳が逃げ切れたら―」
兄は私の言葉に応えなかった。逃げ切る…?確かに彼は追われていた。だが、あのリボルバーは確かに彼のものだった。血の付いた拳銃、幹部のみに渡される指環。それは即ち、彼の死を意味していた、はずだった。
「…生きて…いるの?」
「千歳が逃げ切れたら、必ずお前を迎えに行く。死ぬな」
兄はそう叫んで引き金を絞る。コンマ3秒というところだろう。弾丸は、私の顔の横を掠りもせずに通り過ぎる。私は咄嗟に、引き金に掛けた指に力を込めた。衝撃をいなす。
―マテバは、扱いづらい銃だった。私が引き金を引くよりも早く、彼が動いてしまったから、当然のことのように弾丸は彼を掠りもしなかった。
「まだまだやね」と笑う男は、ここにはいない。
Dance by a splendid step
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世界の果てまで、踊ろうか?
2012/3/8