the wrong side


 パーティー会場は、予想以上ににぎやかだった。予想以上に、と言うよりは、無駄に、と言った方が正しいような気さえして、柳は憂鬱にため息をつく。三日ばかり前の自分とボスを殴り飛ばしたい。こういう席は、本当に苦手なのだ。




「蓮二、次の日曜なんだけどね、ちょっとイギリスまで行ってきてほしいんだ」
「取引か?」

 幹部の己が出向かなければならないほど大きな取引があっただろうか、と、幸村の言葉に柳は首をひねる。

「取引ではないんだけどさ。パーティーがあるんだ」

 笑顔で言われた言葉に、柳の顔は歪んだ。

「そういうことは、仁王かブン太に頼んでくれといつも言っているはずだ」

 苦手だ、とはあえて言わずに、だが、暗にそういう意味を込めて反論するが、彼の笑みは絶えない。

「次の日曜から三日間はね、幹部で空いてるのが蓮二だけなんだ。かと言って、適当な人間をやって、わざわざキャリス家のご機嫌を損ねることもないだろう?」

 キャリス家!出てきた単語に、柳は過敏に反応する。キャリス家ということは、そこの一人娘のためのパーティーだろう。女性が談笑する場になること請け合いだ。それは、柳が最も不得意とすることの一つだった。

「無茶を言わないでくれ、精市。俺だって仕事が……」
「大丈夫、蓮二の仕事はぜーんぶジャッカルがやってくれるから」

 伝家の宝刀、「仕事」を振りかざそうとしたが、苦労性の男の名によって、それは阻止されてしまう。

「……苦手なんだ」
「知ってる」

 まるで、重大な告白をするかのように言った言葉には、笑顔で短く返された。酷い男め、と思いながら、次の日曜から三日間の予定をきちんと組みこんだ己が、柳は少し恨めしかった。




 そういう訳で来てみたパーティーは、やはり女性たちの城だった。挨拶を一通り終えて、やっとグラスを受け取り、息をつく。だが、一口飲んでみて、それが相当に甘い酒だということに気がついた。
 それで、もはやここに自分の居場所はない、と、彼は無駄に悲壮な決意をした。

 そんな折、柳は、ふと自分に向けられた視線に気がつく。それは、放っておくには少しばかり剣呑だった。
 視線の先をたどると、そこには見知った顔があった。その少し下に、人影に隠れてしまっているが、視線の元であろう女性の気配もする。
 気が付いてしまったのだから、挨拶をしないのも何か決まりが悪い。そう思って、飲みかけのグラスを持ったまま、柳は彼らに近づいた。

「久しいな、タチバナ」

 視線の先にいたのは、香港の橘だった。ためらうことなく日本語で声をかけると、橘が振り返る。その横に控えているのは幹部の神尾、それから、近づくごとに鋭くなっていった視線の持ち主、橘杏。

「ああ、柳か。お前も、付き合いで?」

 そう言われて、柳は思わず苦笑する。考えてみれば、橘だってこういう席は苦手だろう。おそらく、妹の杏に付き合ってわざわざこちらまで来たのだろう。そう思うと、少し親近感が湧いた。

「まあな。こういう会は、あまり好まん。お前もそうだろう」

 和やかにそう振ると、橘も苦笑して首を振った。だが、突き刺さる視線は少しも和やかではない。

(まるで、小動物の威嚇だな)

 橘と談笑しながら、突き刺さる視線を盗み見て、柳は心中笑みをこぼした。今にも食ってかかってきそうだが、兄の手前、そういう訳にもいかないのだろう。そう思うと、なんだかずいぶん可笑しかった。
 だが、あえてその視線には応えずに、さらりさらりとかわして橘との話を続ける。だが、至極どうでもいいような話の合間に、何度か彼女を見やって、ふと途切れた会話の隙間に、彼は思わず彼女と視線を合わせた。

「これはこれは、どこのご令嬢を連れているのかと思ったら、妹君ではないか」

 自分でも分かるほど芝居がかった声で、柳はそう言った。明らかなからかいは、このパーティーで少なからず疲れているからだろう。その台詞に、杏はますますその目を吊り上げる。だが、それすらも、今の柳を楽しませる要因に過ぎなかった。

「あまりからかわないでやってくれ、柳」
「いや、ヨーロッパで彼女を見かけるのは珍しいことだから、つい、な。イリア・キャリス嬢と仲がよろしいのかな?」

 その問い掛けには答えずに、杏は相変わらず柳を睨みつける。

「ずいぶんと嫌われてしまっているようだ。困ったな」

 困った、などと言ってはいるが、その顔が笑っているのが、柳自身分かっていた。

(面白い女だな)

 彼女の怒りの原因は、何となく分かっていた。この間のチェコでの取引のことだろう。そうそう大きなものではなかったが、確かに己が主導して妨害した。いや、多分、彼女は、柳がそれを主導したことなど知りはしない。ただ単純に、妨害したファミリーの幹部、程度の認識しかないだろう。

「気にするな。お転婆なだけだ…と、そろそろ行かないと飛行機に乗り遅れるな」
「引き留めてすまない。また、いずれ」
「ああ。ではな」

 そう言って、橘は踵を返す。それに従って神尾が後に続くが、杏は数歩ついて行ってから、さっと振り返った。

「…!!」

 それは、本当に一瞬のことで、彼女はすぐに前を行く兄の下に小走りで向かって行った。だが、その衝撃的とも言える行動に、柳は思わず口元を覆って笑いだした。


「What on earth happened to you?」

問い掛けに、柳は優美な笑みを向けた。




「お帰り、蓮二。まあ、お茶でも飲みなよ」

 とりあえずの報告書(パーティーに報告書も何もない、と書いておきながら柳はそんなことを考えた)を携えて幸村の執務室に入ると、どうやら、アフタヌーンティーを楽しんでいたらしい。カップを掲げた幸村が笑った。ソファには真田の姿もある。

「おい、今日は俺以外の幹部全員空いていないと言っていなかったか?」

 思わず真田をねめつけて言うが、幸村は楽しそうに「俺とお茶を飲むのも仕事のうちだよ」と、訳の分からない言い訳をした。

「すまない、蓮二。俺も今日は朝から外回りでな。先ほど戻ってきたところだ」

 幸村のそれに比べれば、かなり誠実な言い分に脱力する。幸村は相変わらず笑顔で、ティーサーバーから柳生の趣味で揃えられたティーカップに紅茶を注いだ。

「ほら、座って……あれ?あんまり怒ってないね?」

 幸村の向かいに座った柳を見やって、幸村は首を傾げた。自分でやらせておきながらあれだが、柳は今回のようなパーティーは大嫌いのはずだ。そのよくできた顔に似合わない罵詈雑言が飛んでくるだろうと予測していた幸村は、肩透かしを食らったような気分になる。

「なかなか面白いものが見られたぞ」

 紅茶を一口飲んで、それから、柳は思い出したあの光景に、思わず微笑んだ。

「蓮二が思い出し笑いなんて……キャリス家のお嬢様に懸想でもしたかい?」
「けっ懸想だと!?蓮二に限ってそのような…!」

 幸村の言葉に、真田は赤くなったり青くなったりと忙しい。だが、それを気に留めることもなく、柳は機嫌よさそうに笑った。

「キッペイ・タチバナの妹姫は、ずいぶん面白い女性だ」

 突然出てきた名前に、幸村も真田もクエスチョンマークを浮かべた。

「タチバナ?香港のかい?」
「ああ」
「会ったのか?こちらに来ているとは、珍しいな」

 二人とも、「妹姫」という単語が引っ掛かっていたが、とりあえずは橘のことを聞く。

「ああ。どうやら、妹君はキャリス家のお嬢様と仲がよろしいらしい」

 そう言いながらも、本当に可笑しいという風に、柳はくすくす笑い出した。

「本当にどうしたんだい、蓮二?」
「妹、と言えば、何と言ったか……確か…」
「アン・タチバナ、だ」

 真田の言葉を継いで、彼はもう一口紅茶に口をつける。薔薇の香りがした。幸村らしいことだ。

「……彼女、なかなか強いらしいじゃない。この間、取引を邪魔したからね、大立ち回りでも演じられたのかい?」

 幸村は、やはり事情が飲み込めずに、逡巡して言ってみたが、柳はそれに、首を横に振って応えた。

「まさか。タチバナの妹君だぞ。そのくらいは弁えているさ」

 弁えている、と言いながらも、あの行動を思い出して、柳は笑わずにはいられなかった。

「蓮二?」
「どうした?」

 重なった二つの声に応えずに、彼はまだ独り、可笑しげに笑っていた。
 笑わずにいられようか。


 彼女が、己に向かって、舌を出して見せたのだから!




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マフィアパロの柳と杏ちゃんでした。初対面ではないです。もとさんとメールさせていただいている時に思いついたネタでした。もとさんはもっと素敵な出会いを演出してくださったのですが、力不足でこんな感じです……申し訳ない。もとさん、ありがとうございました!

2011/7/9