日本語訳

「月が綺麗ですね、で『I love you』なんだとしてさ」
「は?」

 唐突に本をめくっていた斎藤に言われて、ていうか部屋でくつろぐなあ、と今更のように思ってそれから、その月が綺麗ですねの訳は確か「夏目漱石」と聖杯からの知識と斎藤が読んでいた本の著者名を照らし合わせて考えてから、後付けの創作だとしてずいぶんと洒落た言葉ではある、と思った。

「『我君を愛す』じゃ駄目だっていうところにむしろこの御仁の駄目さ加減を感じるっていうか」
「そうかぁ? 結構風雅でいいじゃねぇか」
「新八もそういうところあるよね」

 ごろごろと寝そべって本を読みながらそう言った斎藤は、結局その本を投げ出して、そのまま布団に横になって天井を見上げた。

「月かあ……一緒に月が見たいとしてさ、じゃあそうやって誘えばいいじゃん。好きだから、愛してるから一緒に見ようって言えないなら、ほんとはそんなに好きじゃないんでしょ」
「だから」

 それを遠回しに言うからいいんだろ、と言い掛けて、ふと思い出すことがあってやめた。遠回しに言ってみて、そうしてそれが伝わらないとして。そうしてそれが伝わったとして。
 『月が綺麗だ』という言葉には、『そうですね』と答えられた時に、相手に自分の心を託すだけの、委ねるだけの余地がある。
 それは優しくてどうしようもない程に残酷なこと。

「愛しているっていうか、愛されてる確信があるから言えるんだろ」

 拗ねたように言った斎藤の頬を撫でて、そのまま軽く口付けてみた。まだ拗ねたような顔をしたままの彼に笑う。

「月が綺麗だから見に行かないか?」
「その心は?」
「愛してる」
「最初からそう言え」

 馬鹿だな、と彼は言った。

「ほんとにな」