満ち欠け

 ネムは月が好きだった。
 だった? 過去形ではなく、月が好きだ。

「満ち欠けが面白いのです」
「そうか」

 面白い、と彼女が感じるものが珍しかったのかもしれない。感じる、というか、面白い、と彼女が口にしたことが嬉しかったのかもしれない。

「日によって形が変わるのが、満ち欠けが面白いのです。そうして、私は新月というのを知らなかったので、三席に訊いたことがありましたね」

 笑ったネムにこちらも笑ってしまう。幼かったネムは、細くなって見えなくなった月に不安になったのか、『なくなってしまったのですか』としきりに訊いてきた。
 明日になればまた出るのだと、特に気に留めずに言った俺に、彼女は泣きそうになりながら言った。

『本当ですか?』
『……は?』

 彼女が何に怯えているのか、本当によく分かっていなかった。月なんて、そんなものだろう、としか思わなかった。

『本当に明日になったらまた出てくる? いなくなってしまったのではないのですか?』

 そう言われて初めて気が付いた。怖いのだ、と。ネムは月がなくなってしまったことが怖いのだ、と。

『大丈夫だ。明日になればまた出てくる。約束してもいい』
『やくそく?』

 不安そうに、不思議そうに言った幼い少女はそうして暗い空を見上げた。





「お前も帰ってきたな」
「はい。それは月の満ち欠けと違いがありません」
「違う、と思いたい。そうやっていなくならないでくれ、頼むから」

 そう月を見上げて言う。八號、と呟きかけてやめた。その昔のままのことを覚えている彼女の連続性も何もかもを内包したその少女は、確かにそのままネムなのだから、と。

「三席……ではありませんね。阿近副隊長、月が綺麗ですね」

 笑ってネムは言う。月が綺麗なんていう、使い古された言葉よりも。

「月よりもお前の方がずっと綺麗だ」