月見商戦
「月が綺麗ですね」
「ぶん殴っていいですか」
「そうやって分かってるくせにぃ……」
今吉さんの顔面を殴ろうと思ってやめた。無駄な労力、と思ってから本当に無駄だとはっきり認識したから。
「そういうことは本命の人に言えばいいでしょう」
「やから本命やって何回言ったらええんやろねこれ」
「信じてません」
ひどいひどいと言い募る男にひどいことをしているのは確かに私なのだろう、と思ってから、月も何も、今日は十月だというのにどんより曇って寒いくらいだ、と思い出す。
秋晴れなんて概念はもうないのかもしれない。雨か曇りで寒いくらいか、それとも夏の酷暑が戻ってきたか、そんな極端な季節ばかりがこの頃は続いていた。
「まあええんやけども、月見の季節ってええよねぇ、経済的に証明されとるらしいよ、売り上げが良いって日本だけだけど」
「それで?」
それで、と訊きながらも月見シェイクだとかそういう良く分からない甘い飲み物を飲んでいるのだから、経済に組み込まれているのだと思えばどうしようもなく馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しい話が出来るくらいには、この今吉さんとかいう男と無駄な時間を過ごしてしまったと思ったら、何だかどうでも良くなってきた。
「月が綺麗ですね?」
だから、もう一度言ってきた男に今度こそ笑ってしまった。
「月? まだ夕方だもの。出てないですよ」
「じゃあ夜まで付き合って」
さあ? だって寒いから。だって馬鹿馬鹿しいから。だって。
「月が見えるならね」