甘い嘘


「もう、大したことないなんて風間さんの嘘つき!」

 ぺしっとタオルで俺の首筋の汗を拭って宇佐美は言った。





「大したことない、ただの風邪だ」
「どこがですか!?かなり苦しそうじゃない!」

 部屋に入るなりそう言って俺をベッドに戻すと宇佐美は怒ったようにそう言った。
 風邪を引いた、と伝えて、だから今日は来るな、と言ったのは多分に甘えを含んでいたような気がすると俺は熱のせいでぼんやりする頭の中で考えた。
 風邪を引いたと言えばこうやって彼女が来ることをどこかで期待していたのだろうか、と思ったらひどい男だなと我ながら思わざるを得ない。
 だが一方では本当に風邪を引いたが大したことはないから今日の約束は反故にするということを伝えたかったのも事実であって、だからこれは嘘と本当がくるくる混ざり合っていた。

「風間さん、あのね」
「なんだ」
「アタシちょっと嬉しかったんですよ」

 ふふっと笑った宇佐美が俺の目をその白くほっそりした手で覆った。心地好い暗闇が現れて、ふと眠気が襲ってくる。

「もっと頼って」

 不意に訪れた暗闇と眠気に、俺はそのまま身を委ねた。





 目が覚めたら薬が効いたのか、頭の痛みも取れていたし熱も下がっているようだった。なんというか、自分の体の生命力の強さには驚かされる。くあっと伸びをしたら横に椅子を置いてそこでこくりと眠っている宇佐美が目に入った。

「悪いことをしたな」

 風邪を引いたのは嘘じゃない。来なくていい、今日は会えない、というのも嘘じゃない。だけれど、その嘘をつくことで彼女がこうしてやってくることを俺は知っていて、知っていて嘘をついたのだからひどい男だ。

「あ、風間さん。ごめん、アタシ寝てたね」
「いや、もう熱も下がったし、済まなかったな」

 そう言えば宇佐美は軽く目をこすってそれから笑った。

「あのね、風間さんが甘えてくれるとアタシ嬉しいんです」

 ああ、自分の「嘘」に含まれた甘えを、彼女は簡単に見抜いてしまう。
 それが心地好くて、こそばゆくて、俺は苦笑した。

「宇佐美に隠し事は出来ないな」
「うん、だからね、今度はもっと素直に甘えて?」

 年上の男にこんな口説き文句を遣う彼女が、ひどく愛らしい。
 俺は簡単に嘘をつくけれど、お前は簡単に嘘を見抜く。
 そんな関係を俺たちはずっと続けていくのだろうと思えた。
 そう思える相手が、宇佐美だった。
 多分俺は素直になんかならないだろうし、宇佐美は俺の嘘を見抜き続けるだろう。

「ありがとう」

 呟くように言えば、宇佐美はやっぱり笑った